5−3

 クーリーの仕事は単純だ。配送依頼を受信し、送り主の元へ向かう。荷物を受け取る。送り先に届ける。報酬が振り込まれる。基本的にはこれの繰り返しだ。

 外部との交信は無線で行う。大昔から変わらない、電波を飛ばして音声をやり取りするものだが、天候や空気中を漂う汚染物質の状況によっては全く使い物にならなくなることも少なくはない。

 荷物に関する情報は全て、〈かれら〉と〈楽園〉の間では電子的に管理されているらしいが、俺たちにはそれを垣間見ることしかできない。身の回りのどの道具よりも文明的な〈端末〉上で、自分が運ぶ荷物の内訳と配送番号を確認する。この、コンピュータという機械の一群は、かつては地球上を覆い、知性に似たようなものまで持ち、文明の発展を助けていたというが、今ではその使われ方は限定的だ。荷物の情報を見るのに使うか、買い物の決済に使うかの二通りしかない。

 いや、三つ目もあった。荷物の伝票を書き換える時だ。この不正技術は、かつてのコンピュータ開発の手法を転用したものだ。伝票を呪文のような文字の羅列に変換し、その一部を書き換える。すると、伝票の内容が変更されるというものだ。

 大元で情報を管理していないのか、〈かれら〉でも〈楽園〉でも、なぜか伝票の内容の方が優先される。荒野に暮らす野蛮人どもに伝票を書き換える知能などないと、高をくくっているのかもしれない。あるいは、単に泳がされているのかもしれないが。

 後者であった場合、いつかとんでもない対価を払わせられる可能性がある。だから、そうそう荷物のごまかしはするべきではない。というか、絶対にするべきではない。

 そうわかってはいたのだが――。

 気付けば、座席の後ろから鼻歌が聞こえてくる。カナリアが、拾った石ころを眺めながらうたっているのだ。

 彼女を乗せるようになって以来、無音だったコクピットに歌が響くようになった。彼女は毎回、同じ歌を口ずさんでいた。聞いたことのない歌だったが、どこか懐かしさもあった。訊けば、彼女が〈楽園〉の中で作った歌なのだという。

「お前、歌つくれるのか」

「それがわたしの役目」

「仕事ってことか?」音楽家、というものは荒野にもいる。だが、彼らは作った音楽で食い扶持を稼いでいるのではなく、本職はあくまで別にある。歌をうたったり楽器を奏でたりということは〈特技〉でしかない。「そんな仕事が成り立つのか」

「仕事、というより使命。そのために、みんな生きている」

「命を賭けて音楽を作ってるってことか?」

 カナリアは否定も肯定もしない。

「音楽だけじゃなく、詩や絵画や建築も。〈ミーム〉を遺すのが、わたしたちの役目」

「〈ミーム〉」俺は口の中で言葉を転がす。「聞いたことない言葉だな」

「〈ミーム〉は、ヒトにしか遺せない。ヒトの想像力から生み出されるもの。それが何よりも尊く、価値のあるものだと信じられている」

「価値のあるもの、ねえ。食い物を置いてほかにないと思うが」

 音楽などというものは、酒を飲みながら聴くための、一時の楽しみでしかない。なければないで困りはしない。絵や詩に至っては、そもそもの必要性がわからない。たしかに、アオジの本棚を見ていると、昔はそうしたものを愛でる習慣があったようだが、それは食い物のことを考える必要もないほど常に腹が満たされていた、遠い過去の話だ。

「ハチは、歌をうたわない」抑揚を欠いているが、訊ねられたのだとわかる。

「うたわないな。うたう意味がない」

「心が痩せ細る」

「腹さえ減ってなきゃ生きていける」

「ただ生きて、それだけでいい」

 俺は考える。

「子供とか……残せればいいんじゃないか」迷ったあげく、そう言った。

「それは〈ジーン〉」と、カナリアは言う。「〈ジーン〉については、わたしたちが考える必要はない。神様が全て決めて、手配する」

「〈楽園〉には神様までいるのか」

 すると彼女は黙り込んだ。少ししてから、再び口を開いた。

「信じていたけど、違った」

「そうか」俺は言った。「まあ、その辺は俺たちと同じだな」

「もう一つ、ある」

「何が」

「同じもの」

 そう言って彼女は、おもむろに後ろから腕を伸ばしてくる。流れるような動作に抵抗することもできないこちらをよそに、白い手は胸ポケットに入っていた煙草のパックを抜き取った。

「これ」

「煙草か?」

「これで腹は膨れる」また疑問符を抜いた問いだ。「煙を吸っているだけに見える」

「空腹を忘れることはできる」俺は彼女の手からパックを取り返しながら答えた。「まあ、腹は膨れないな。体にも悪い」

「どうして吸う」

 はっきりとした答えはない。〈何で〉なんて理由は考えたことすらない。気付いたら吸っていた。そういうものだと思い込んでいた。

 ああ、なるほど。

「同じか、これと」

 人間なんていうのは、どこで生きようがどういう風にものを考えようが、根っこにあるものは、やはり同じなのかもしれない。

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