5−2
荒野に仕事はいくつもあるが、中でもクーリーは最もなり手の多い職業だ。
単純に、業務量が多いのだ。〈楽園〉のシェルターは様々な場所に点在しており、それらの間では物資のやり取りが活発に行われている。時には〈かれら〉の円盤への配送もある。円盤への荷物はさておき、〈楽園〉同士のそれは、恐らく食料や生活物資なのだろう。つまり、シェルターでの優雅な暮らしを支えているのは、砂にまみれたクーリーたちなのである。
クーリーという配送体系を作ったのは〈かれら〉だ。報酬も〈かれら〉から支払われる。
支配した土地を治めるために現地の資源を使うという、占領のセオリーに則ったやり方で〈かれら〉も地球を統べている。たしかに、一つの惑星を支配するのに、直径十キロの円盤数機では明らかに物量が足りない。まず絶対的な支配体制を作り、その下で現地の人間(この場合は地球人類全般だ)を実際に働かせる。そうすれば、自分たちは最低限の資源と労力で占領政策を敷くことができるし、現地人の抵抗力を削ぐこともできる。以上はアオジの部屋にあった古い本の受け売りだが、ここではそれを身をもって実感する。そして、大昔の学者か何かが机の上で考えていたことが宇宙全般に通ずる真理なのだと思うと、感動すら覚える。
クーリーの話に戻る。
なり手の多い理由がもう一つある。入れ替わりの激しさだ。
寿命という要因もあるが、クーリーの職に就いていてアオジのように布団で最期を迎えられる者はごくわずかだ。大半は、荒野の真ん中かユニットの操縦席でその命を失う。
荒野には危険が満ちている。人の住む集落はいくらかましだが、誰もいない場所では、地殻変動や気象現象が容赦なく襲ってくる。そうした自然の脅威だけでなく、荷物やユニットの部品を狙う盗賊なども危険な要素の一つだ。死因として一番多いのが、奴らの襲撃によるものだ。
奴らは人間――少なくともクーリーをしているようなむさ苦しい大人の男には興味がない。物資もしくは部品の強奪を最優先に襲いかかってくる。そんな連中から身を守るためには、戦うしかない。身に降る火の粉を払うだけでなく、時にはこちらから能動的に火を消しにいかなくてはならない。
だからユニットには、武器が積んである。機体の装備としての機関砲と、自分で持つための拳銃だ。もちろん、どちらも引き金を引かずに済むならそれに越したことはないが、荒野に出て、無事に村へ帰り着くためには、どうしても必要な道具なのである。
では、全てのクーリーがそうした危機を前に連帯しているのかといえば、全くそんなことはない。むしろ、クーリーの間でも激しい競争が存在している。
クーリーには大きく分けて二つのタイプがいる。片方は俺のように一カ所に定住し、その村の組合に所属する者。もう片方は、どこの組合にも所属せず、〈流し〉として各地を転々としながら配送業務を行う者だ。前者は仕事を得やすいが、報酬から上納金としていくらかハネられるので実入りが少ない。後者は長距離の配送を単独で行うこともでき報酬を総取りもできるが、仕事の量が不安定で、かつ常に荒野を移動し続けるので危険な目に遭う機会が多い。
まず、これら両者の間に仕事の獲得を巡る競争が存在する。さらに、定住型の中にも、各村の組合同士、その組合の中ではクーリー同士の競争がある。
常に、得る者と不足にあえぐ者が存在する。決して全員が満たされることはなく、誰もが少ない物資を得ようともがいている。だから競争が生まれる。必死に働き、そのことで頭がいっぱいになる。
競争原理で自分たちを支配している誰かがいることなど、忘れてしまう。
他の村でも同じことだが、俺の住むフチノベ村でも年に一度、最も仕事をこなしたクーリーを〈年男〉として表彰する習慣がある。所詮は祭の催しの一環だが、これを生きがいにして仕事に励んでいる者は少なくない。
その最たる例がコゲラだ。奴は現組合長の息子として、どうしても面子を保たねばならないのだろう。ツバメに向ける視線を見るに、理由はそれだけではないようだが。
村の〈年男〉は、長らくアオジだった。組合長としての雑事に追われながらも、常に現場に出て、誰よりも多くの仕事をこなし続けた。病は、きっとその無理が祟った結果だろう。ちなみにいうと、彼が病に伏せった昨年は俺が〈年男〉に選ばれた。師から弟子へ、継承は無事に行われたと信じたい。
もちろん、まだまだ彼の足下にも及んでいないのはわかっている。
アオジの遺した功績として、周辺の村との連合がある。競争をぱったりやめるというわけではないが、互いの領分を決め、それを侵さないようにしようという取り決めである。これにより、明らかに無駄な衝突がなくなった。時折、縄張りに入った入られたの諍いは起こるものの、それも話し合い(正確には金の動き)で解決されるようになった。
あと少し、アオジの体が持ったならば、海辺の連中――〈フナムシ〉という、クーリーと盗賊を半分ずつ足したような物騒な奴らとも手を結べたかもしれない。少なくともアオジ自身は、あの連中との不可侵協定を結ぶつもりでいた。無論、これは容易なことではないし、村の内外に反対する者も多かった。それでもアオジは、協定の締結にこだわった。
「ちっちぇえことで人間同士が争ってる場合じゃねえんだ」
病床でそう言われたことを、はっきりと覚えている。だが、彼がその先に何を見ていたのかまでは、今の俺にはわからない。
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