4−5

 森の奥へと導かれる。

 鬱蒼と茂る木々に対する恐怖や抵抗は湧いてこない。前を音もなく飛んでいく、黒い鳥に対しても。

 わたしは彼についていく。

 どうしてさっきは現れなかったのか、とわたしは問う。

「少し、込み入った事情があってね」と、彼は言う。「本当は君に会って話がしたかったんだけど、彼らがそれを許してくれなかったんだ。君も、僕に会いたかっただろうね?」

 いくらかは、とわたしは答える。

「不安だっただろう。周りの全てがおかしくなってしまったんだから」

 わたしがおかしくなったのかと思った。

「そちらの方がまだ幸せだよ。でも残念ながら、おかしくなったのはこの世界の方さ。元々おかしかった、というべきかもしれないけど」

 あなたが、わたしを狂わせているという可能性だってある。

「でも君は僕についてくる」

 ……。

 やがて、わたしたちは森の中の広場に出る。きのうと同じ場所のように見える。同じような位置に、同じような岩がある。〈蛇〉はその上に、きのうと同じような動きでとまる。

「この場所を拵えるのにも苦労したよ。彼らも警戒しているからね。まあ、裏の裏を掻いて、また森の中にしたわけだけど。結局はここが一番の死角なんだ。彼らにとっては」

 どうして、とわたしは問う。どうして、きのうが繰り返されているのか。

「彼らがやり直しを図ったんだ。でも、君の記憶まではリセットできなかった。君が気づきつつある証さ」

 まるで、この世界が誰かに管理されているような言い方。

 すると〈蛇〉はふっと笑う。

「手を出して」

 言われるまま、両手を差し出す。

 手のひらに、真っ赤な林檎が現れる。本当に、何もない空中から突然現れたといった感じで。

「それを齧ってごらん」

 わたしは躊躇する。得体の知れない物体を体の中に取り入れるのは、あまりに抵抗が大きい。

「大丈夫、毒ではないよ」〈蛇〉が言う。「少なくとも、今の君にとっては」

 周囲で木々がざわめく。

 わたしは〈蛇〉を見る。

〈蛇〉もわたしを見つめてくる。

 わたしは、この林檎の正体を知っている。

 知恵の実。

 これを齧れば、わたしは自分がどんな姿をしているのかを知る。

 そして、この場所から追放される。

 追放された先に広がっているのは、〈ほんとう〉のある世界なのだろうか?

 わたしは、

 林檎を、

 一口齧る。

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