4−3

 聖堂では、既に儀式が始まっている。

 白い花の敷き詰められた祭壇の棺では、女性が眠っている。昨日と同じ、小説家の女性。

 強いめまいに襲われ、立っていられなくなる。座席の背もたれに手を掛け、どうにか体を支える。近くにいた何人かの参列者が、こちらを振り向くのがわかる。

 そのまま座ってしまえば楽だけど、少しでも早く外に出たい。この場で司祭の説法に耳を傾け、音楽家の歌を聴いて平静を保っていられる自信がない。それらは全て、昨日と同じもののはずだから。

 壁に沿う形でわたしは外へ出る。広場を突っ切り、ベンチに座る。

 一体何が起きているのだろうか。

 わたしの気のせい、ではない。保護者たちとの会話ならまだしも、〈送り〉の儀式については、勘違いでは説明がつかない。同一人物の〈送り〉が二度行われることは決してない。儀式の後、彼女を入れた棺は速やかにここから出て行くはずだ。

 ここから……どこへ?

 棺はどこへ行くのだろう?

 誰も知らない。考えたこともない。

 考えないようにしていたのかもしれない。

〈ほんとう〉のある世界。

 不意に〈蛇〉の言った言葉が浮かぶ。わたしも口の中で呟く。〈ほんとう〉のある世界。

 そこへ棺は送られるのだろうか。

 どこにそんな場所があるのだろうか。

 わたしは空を見上げる。硝子張りの空を。

 この向こうに。

 本物の空の下に、〈ほんとう〉のある世界はあるのだろうか。

 ここにはない、〈ほんとう〉が。

〈蛇〉ならその答えを知っている。少なくとも、そこへ通ずる筋道を。

 わたしは彼を待つ。出棺の時間まで、ベンチに座り続ける。

 やがて、聖堂の扉が開く。担がれた棺と、参列者たちが歩み出てくる。彼らは何かに導かれるような足取りで去って行く。彼らが行ってしまうと、後には圧倒的な静寂しか残らない。

 わたしは一人になる。

 視界の端には何も現れない。目を向けても、芝生の上には何もいない。

 周囲にも、鳥の姿はない。飛んでくる気配もない。わたしだけがベンチに座っている。

 しばらく待っても、状況は変わらない。まるで時が流れるのをやめてしまったように、辺りはしんとしたまま動かない。

 昨日とは、違う。

 わたしはベンチの上で身を固くする。

 いつまでも。

 いつまでも。

 やがて腰を上げ、その場を離れる。

 時が動き出したのかは、わたしにはわからない。わたしは、誰もいない広場をさまよい歩く。

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