3−3

 村の外れにユニットを停めた。日も沈み、辺りに人影はないので、上手く闇に紛れれば誰にも気付かれずに家へ辿り着ける。

 村の人々は排他的というわけではなく、余所者に対してもそれなりの歓待をするぐらいの人情は持っている(でなければ俺だって今ここにいない)。しかし、今日の客人はいつも村に立ち寄る流しや遠距離のクーリーとはわけが違う。

 本来なら、ツバメを巻き込みたくもない。かといって、俺一人でできることにも限界がある。野良の動物を拾ってこっそり育てるようにはいかない。

 ツバメを説得する方法については、道中色々考えた。その結果、正攻法でいくことに決めた。昔から彼女には不思議とどんな隠し事をしても見破られてきた。そして大抵は隠したことの方を叱られた。下手な嘘や誤魔化しは却って逆効果を生む。正直に成り行きを話せば、彼女もわかってくれるに違いない――そういう結論に達した。

 少女をユニットから降ろし、家へ向かった。無意識のうちに息を殺していた。

 すると不意に、頭上で光が灯った。人家の灯とは違う真っ白な光は、明らかに俺たちを照らしていた。

〈かれら〉――。

 背中に冷たいものが走るのを感じながら、少女を後ろに隠した。伝票の改竄がばれたのだ、と俺は息を呑み、死を覚悟した。

 しかし、決めた覚悟は続いて聞こえてきた大音声によって崩される。

「おうおうおうおう」スピーカー越しにもわかる、頭の悪そうな喋り方。だが、今は抱きつきたいほど安心感を覚える。「いきなり飛び出してきちゃ危ねえだろうが、ハチさんよぉ。踏み潰しちまうところだったぜ」

 目が慣れてくると、真っ白な光の奥にユニットの影が見えるようになった。俺の、一人乗りのものより二回りほど巨大な重量級ユニット。餌を食べ過ぎて太った蜘蛛のようだといつもながらに思った。

 一瞬だけ押し寄せた驚きの波が引くと、余裕が戻ってきた。俺は肩をすぼませた。

「安心しろよ、コゲラ。そのずんぐりしたユニットとお前の腕じゃ、寝てるスナガメだって潰せねえよ」

「何だとコラァ」上部ハッチが弾けるように開き、コゲラが顔を覗かせた。「今すぐホントにぶっ潰してやろうか」

「アニキ落ちついて」「村の中っすよ」とコクピットの中から手下、もとい配送助手たちの声が掛かる。この巨体は三人一組で動かしている。一度に大量の荷物を運べるようにした分、運転だけでなく機体管制に専門の人員を割かなければならないのだ。

「悪いが、腹減ってるんだ」俺は意地悪な気持ちを込めて言った。「家ではツバメの作った飯が待ってる。お前の相手はまた今度な」

「ぶっ殺す」コゲラは期待通りの反応をした。「今すぐ事故に見せかけて殺す。ヨソ者が」

 大型ユニットの太い脚が唸りながら持ち上がる。だが、俺はその場を動かない。避けるまでもなかった。機体の構造上、俺の位置に脚を下ろすのは不可能だし、奴にもその気はない。もしそんなことをすれば、父親である組合長にどんな制裁を科されるかわからない。何よりツバメがいる。彼女の眼がある限り、コゲラは俺に手出しできない。ツバメに嫌われることは、奴にとっては世界の終わりに等しいことなのだ。

「まあ、俺も大概性格が悪いな」

 呟くと、袖を引っ張られていることに気づいた。少女の白い指に摘ままれている。

 レインコートの色のせいか、彼女の身長のせいか、コゲラにはその存在を気づかれていないようだ。見つかっても厄介なので(何しろ彼女はレインコートしか身につけていない)、早々にこの場を切り上げることにする。

「じゃあな、お坊ちゃま。ツバメにはよろしく言っといてやるよ」そう言って、少女の手を引きながら、コゲラからは死角となっているユニットの股下を通る。

「今年のランクは覚悟しとけ」背中から声が掛かった。「俺が〈年男〉になったらお前を村から追放してやるからな。お前の命は祭までだ」

「楽しみにしてる」俺は振り向かずに手を振った。

 奴がどんな顔をしているかは、見なくてもわかった。地団駄を踏むように、装甲をガンガン叩く音が聞こえてきたからだ。

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