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〈かれら〉への納品もまた、シェルターと同様に機械を介して行われる。相手がどんな姿をしているのか、ヒトの形をしているのか、それともタコなのか、確かめる術はない。大昔、彼らとの戦争が始まる前と終わった直後には一部の権力者が対面したらしいが、今はその情報も残っていない。

 少なくとも、コミュニケーションにはこちらの言語が用いられる。そのせいで一部には〈かれら〉が実は俺たちと同じ人間なのではないかと勘ぐってる者もいるが、大半の人々はもう興味を抱いていない。相手がタコだろうがセミの化け物だろうが、こちらの労働に対し相応の報酬を払ってくれるのなら、姿形は元より、地球人類に対しどんな感情を持っていようがどうでもいいということになっている。

 港に着き、ユニットを所定の位置で停止させた。便宜的に〈港〉とは言っているが、大昔の、海に面した流通拠点とは違う。まず海に面していない。原野を押し固めて作られた平地である。そこに建物が点在していて、各地から運ばれてくる荷物を受け取っている。〈かれら〉という異界の住人との交易地という意味で〈港〉の名が与えられているだけだ。

 港は常に影の中にある。頭上に〈かれら〉の巨大な円盤が音もなく浮かんでいるからだ。上空数百メートルに無音で浮かんだ直径十キロメートルの傘が作り出す、広大な影。その中に入るといつも、彼我の圧倒的な力の差を思い知らされる。

 納品所への入場許可が下りた。ユニットを前進させ、建物内へ入る。ここでも〈楽園〉同様、俺がすべきは静かにしていることだけだ。まず、コンテナの内容物に対するスキャニングが行われる。緑色の光線が、ユニットの背中に積まれた荷物を舐め終えるまで大人しく待つ。

 ただ、今日はいつもとは心持ちが違う。俺は何かに祈るように両手を組み合わせ、全てが何事もなく済むのを待った。人生で数少ない神頼みというやつをした。

〈楽園〉や〈かれら〉の間でやり取りされる荷物には、開封の痕跡をチェックするためのテープが貼られている。これが切れていたら、配送の途中で何者かが荷物を開けたことになる。そんなことをする奴は、十中八九、配送を担当したクーリーしかいない。事実は違っていても、そうと見做される。実際は悪路や悪天候、または悪漢どもの襲撃によりコンテナが損傷することはしょっちゅう起こる。封印が破れることも珍しくはない。そうした時のために、クーリーたちは補修技術を持っている。これは代々受け継がれてきた秘技で、応急的な処置でありながら、見た目には直したことがわからない。〈楽園〉や〈かれら〉のスキャニングを難なく通過できるほどだ。だから、この技術を悪用する輩もいないわけではない。

〈生もの〉はさておき〈楽園〉同士で運ばれる物資は、そういうものを扱う市場へ持って行くと高値がつく。〈楽園〉の連中だって馬鹿ではないから、荷物の量は当然管理されている。だがクーリーは、この情報をごまかす術さえ持っている。

 コンテナには荷物の情報を電子的に記録した〈伝票〉が貼られている。発送者と受領者の間では、荷物の情報はシステム上で当然管理されている。だが、どういうわけか、そちらの情報よりも〈伝票〉の記載内容の方が優先される。つまり、〈伝票〉を書き換えてしまえば、中身をごまかすことが可能なのだ。仲間内で〈ハック〉と呼ばれるこの方法は、おおっぴらにはできないが、クーリーならば誰もがやり方を知っている。もっとも、職業倫理に反するとして、一切使わないクーリーも少なくはない。アオジがまさにそうだった。俺だって、村の連中からやり方を聞いていただけで、これまで使ったことは一度もない。だが事は命に関わる問題だ。

 変更は最低限にとどめた。数量の数値を〈4〉から〈3〉に書き換えただけだ。コンソールを穴が空くほど見つめ、書き換えた痕跡が残っていないか何度も確認した。己の肝の小ささを嗤う余裕もなかった。

 バレたらただでは済まないだろう。どういう方法でかは知らないが、確実に殺されるはずだ。

 もう二度と家に帰ることもなくなる。ツバメは夕飯を作って待っているだろう。今日の献立は何だろうか――。

 居間にぶら下がった橙色の電灯を思い浮かべていたら、光線が止んだ。無線のスピーカーから作り物の声が言った。

『納品物を確認しました。コンテナを切り離してください』

 心臓が大きく脈打った。

 聞こえてきた言葉の意味がゆっくりと頭の中に染み渡ってきた。俺は震える指で、モニタ横のスイッチを下げた。頭上でコンテナが機体から離れていく音が響いた。

『指定端末に報酬を送金します』

 無線機の横にぶら下げていた端末をスワイプすると、確かに報酬が振り込まれていた。

『ご苦労様でした。速やかに退場ください』

 それきり、無線は切れる。俺は息を呑んでから、ユニットを発進させた。心臓が耳のすぐ近くで鳴っている。逃げるように見えてはいけない。急ぎすぎるな。まだ気を抜いてはいけないと、もう一人の俺が言う。

 港を出て、円盤の浮かぶ姿を眺められる距離に来るまで、ろくに呼吸をしなかったらしい。一息つけるようになった時、俺は水から上がってきたように空気を必要としていた。

「うまくいった」シートの影から、荷物の中身がひょっこり顔を出した。

「うまくいってなかったら死んでる」俺はシートにもたれ、喘ぐように言った。ポケットを探ったが、煙草は一本も残っていなかった。

 いや、一服するのはまだ早い。

 難題は、まだ残っていた。

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