2−4
わたしたちの住む街は、森に囲まれている。そしてこの森には近づくことを禁じられている。
森は広大で、迷えば永遠に出られなくなる、というのが、この場所が禁忌とされる理由だ。この教えを幼い頃よりすり込まれているせいか、鬱蒼と茂る木々を見るだけで、わたしたちは胸の奥から湧いてくる根源的な恐怖に襲われる。街から森へ続く道も存在しないため、明確な意思を持って近づかない限り、誰も森へは入らない。
気づけばわたしは、辺りを木立に囲まれている。ここまで、一切の恐怖は感じなかった。今でも感じていない。
黒い鳥は、木々の間を進んでいく。時折、手近な枝にとまってわたしが追いつくのを待っていたりする。わたしが息を切らしながら近づくと、また森の奥へと飛んでいく。こんなことを、もう何度も繰り返している。
進むのに気をとられていて、戻ることを考えていなかった。振り向くと、木々が無秩序に並んでいて、自分がどこを通ってきたのか見当もつかない。当然、広場が見えるはずもない。
前に進む以外、選択肢はない。
鳥を見失ったら、わたしはこの森を永遠にさまようことになる。
それでもやはり、恐怖心は湧いてこない。むしろ、何かに守られているような、根拠のない安心感さえ抱いている。
薄暗い森を。
奥へ。
奥へと。
進んでいく。
やがて、視界に光が溢れる。
目が慣れてくると、そこが木々のない、開けた場所だとわかる。周囲を木々に囲われている。地面には、わたしの踝ほどの背丈の草が青々と広がっている。中心には台形の岩があり、そこへ陽光が降り注いでいる。
黒い鳥は岩の上にとまる。くわえていた白い花を置く。
風が、足下の草を揺らす。周りでは木や葉が静かにざわめく。
「ここまで来たということは――」
誰かが言う。男性の声。最初は聞き間違いだと思う。わたしの他に人の姿はないからだ。
だが、声は続く。
「君も本当のことを知ろうとしている。そういうことでいいかな?」
わたしは岩の上の黒い鳥を見る。翼を畳み、二本の脚で屹立した鳥を。
声を発したのは彼のようだ。そうとしか考えられない。
本当のこと、とわたしは口の中で呟く。わたしは言葉の意味を上手く捉えることができない。言語のせいだろうか。
すると陽光の中で、影のように黒い鳥が嘴を開く。
「君も、〈ほんとう〉のある世界に行きたいんだね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます