2−3

 説法が終わり、司祭に替わって白いドレスを纏った音楽家が、演奏者たちを伴って登壇する。彼女は参列者たちに向かって一礼すると、演奏者らと目配せし、頷き合う。

 音楽が始まる。

 彼女が、この〈送り〉のために作った歌だ。

 歌詞に使われているのは旧言語だ。この場にいるどれほどの人が、歌詞の意味をそのまま理解しているかはわからない。けれど、何人に伝わるかということが重要なのではない。ここで必要なのは、送られる人物のために作られた歌であるという事実だ。

 わたしには、それができない。父性担当保護者のための歌を、一向に作れずにいる。曲も詞も、まるで浮かんでこない。

 曲に関しては相変わらず、夢で聞いた水音に支配されている。詞に関しては、どれだけ旧言語を駆使しても、並んだ言葉を見ると偽物のように思えてしまう。あるいは、自分が本当に書きたい言葉を選ぶ方法を、未だに見つけられていないような感覚に襲われる。

 参考にするどころか、他人の歌を聴いていると、自分の無力さの方が大きくなってくる。わたしはついに耐えきれなくなり、席を立つ。その場から逃げ出す。

 出棺の様子は、広場の隅のベンチから眺める。馬車の荷台に載せられた棺は、参列者を引き連れて聖堂を後にする。残ったのはわたし一人と、圧倒的な静けさだけだ。

 あの夢と同じだ、と思う。一人で水に浮かび、満月を見上げているあの夢と。

 辺りには誰もいなくて、わたしは圧倒的な静けさに包まれている。

 不意に、視界の隅を何かが過ぎる。

 目を向けると、真っ黒な鳥が一羽、石畳に立ってこちらを見上げている。どこかの花壇で摘んだのか、白い花をくわえている。

 わたしは目が離せなくなる。こんな真っ黒な鳥は見たことがない。そもそも、これほど近くで鳥を目にする機会も初めてだ。鳥というのは、硝子の向こうの空を飛んでいるものだ。硝子の内側にはいるはずはない。少なくともそう思っていた。

 黒い鳥は小首を傾げると、翼を広げる。羽ばたき、地面から離れる。じっとわたしを見つめながら。

 鳥が空中で旋回し、飛んでいく方向を定める。

 そちらには森が広がっている。近づいてはならない、禁忌の森。

 だが、わたしは歩き出す。鳥を追って、森に向かって、足を進める。考えるより先に体が動く。まるで誰かに、見えない糸で手繰り寄せられるように。

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