1−5
まず無線をチェックした。だが、シェルターを離れてからスイッチは切ったままで、ノイズの一つも鳴っていない。他に歌が聞こえてきそうな機材はここにはない。操縦席の中を片っ端から探してみたが、何も出てこなかった。
そうしている間にも、歌は聞こえ続けている。あるいは俺の頭がどうかしてしまったのかもしれないが、耳を塞ぐとちゃんと聞こえなくなった。
塞いだり離したりを何度か繰り返すうちに、音が外から聞こえるものだと確信が湧いた。下部ハッチから顔を出し、辺りを探った。風が土埃を巻き上げているだけで、何もないし誰もいない。だが、歌は鮮明に聞こえた。機体の上から。コンテナしかないはずの、ユニットの背中から。
物音を立てぬよう、息を殺してコクピットから出た。上の様子をうかがいながら機体を離れると、陽射しとぶつかった。
目が眩む。
やがて目が慣れると、逆光の中に、影が浮かび上がってくるのが見えた。
人影。
人間が、コンテナの縁に腰掛けている。
俺は目頭を押さえ、改めてコンテナを見上げた。歌は消えないし、人影もそのままだ。幻の類いではない。確かに歌う人間が、コンテナの上に存在していた。
女――というより少女だ。俺よりもいくらか若いはずだ。金色の長い髪が、陽光を浴びて細かな輝きを帯びている。髪の間から覗く白い腕は細く、触れたらすぐに壊れてしまいそうだ。
俺はしばらくその場に立ち尽くし、コンテナを見上げていた。歌を止めるわけにはいかないという気持ちが、足に根を張らせたようだ。あるいは、そうさせたのは歌を止めたくないという願望だったのかもしれない。
聞いたことのない歌。だが同時に、ずっと昔から知っているような感覚もある。
どこか遠くの風景が見えるような気がする。行ったことも見たこともない、遠い土地の風景が。そしてそれはこの世のどこにもないのだろうと、なぜか確信できる。消えてしまった場所の歌。胸の隅が疼くのは、そうした〈なくなってしまったもの〉に対する寂しさのせいなのだろうか。
少女が口を噤み、歌が止んだ。終わったのだと、遅れて気付いた。
彼女は空を見上げていた。流れる雲を眺めているのかもしれない。風の音だけが、辺りを包んだ。太陽が雲に隠れ、また現れる。同じことが、無言のうちに数回繰り返される。
「……誰だ?」しばらく経ってから、俺はようやく言った。
「鳥」少女は空を見たまま呟いた。
「鳥?」人間だろ、と言おうとして、俺は言葉を呑んだ。
遠い天空に、踊るように舞う二つの影が見えた。小さくて種類までは見分けられないが、少なくとも鳥だということはわかった。
金色の髪の少女は、空に向けて両手を伸ばした。
まるで鳥を捕まえようとするように。
いや、〈まるで〉じゃない。本当に捕まえようとしていた。彼女は腕を伸ばすことに夢中になるあまり、前へのめった。そのまま体勢を崩し、コンテナの縁から落ちてきた。受け止めないという選択肢はなかった。
それなりの衝撃は覚悟したが、思ったほどではない。むしろ軽いぐらいだ。人間の、そしてこの年齢の少女にしては軽すぎる。
抱き抱えた彼女を下ろした。二本の足で立とうした途端、少女が体勢を崩したので支えてやった。
「大丈夫――か?」変な節がついたのは、そこで初めて、彼女が何も着ていないことを知ったせいだ。長い髪に隠れてわからなかったが、〈一糸まとわぬ姿〉というやつだった。
少女は小さく頷き、自分の足だけで立った。風が吹けば倒されてしまいそうなほど危うい。そう思わせるのは見た目の〈淡さ〉だけでなく、俺の腕や胸に残った彼女の体温のせいでもあった。彼女は、今の今まで冷やされていたかのように冷たかった。
一つの可能性が頭を過ぎる。というより、それ以外に彼女がどこから来た誰なのかを納得がいくように説明できない。その可能性を以てすれば、彼女が軽すぎることも、よろめいたことも、裸であることも、冷たいことも合点がいく。唯一難点があるとすれば、それが事実であるなら、猛烈に厄介な事態が起きていることを認めなくてはならなくなるということだ。
「一応、訊くけど」俺は崩れかけの吊り橋を歩く思いで言った。「あんた、どこから来たんだ?」
少女は、碧色の瞳でぼんやりとこちらを見つめてきた。俺の言葉が彼女の芯に響くまで時間が掛かったらしく、ややあってようやく後ろを振り返り、一点を指した。
案の定、コンテナだった。
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