1−4

 港へ向けて進路を取る。もちろん最短ルートだ。周囲の地形は、アオジから頭に叩き込まれている。

 それにしても運がない。身内を埋葬したその日の仕事が〈かれら〉への届け物とは。

〈楽園〉から〈かれら〉に送られるものといえば、一つしかない。

 人間だ。

 他人を蹴落としてまで身をねじ込んだそこが楽園などではないと人々が気付くまでには長い年月が掛かった。ある程度の世代交代が済んだ頃、〈かれら〉は〈楽園〉に人間の供出を要求するようになった。

 恐らくそれこそが〈かれら〉がこの星へ来た目的なのだろう。そうして手に入れた人体をどうしているのかは誰も知らないが、ただ少なくとも、一度〈かれら〉の元へ行けば二度と地上へ帰ってこられないことだけは確かだった。こうして〈楽園〉の住人たちも、自分らが置かれた状況を理解した。

 絶望はあったに違いない。だが、それも長くは続かなかった。彼らは楽園での暮らしに慣れすぎていた。そこでの〈幸福〉が、やがて待ち受ける〈不幸〉と釣り合いの取れたものだと判断した。労働もなく、日がな一日歌をうたったり絵を描いたりして過ごせるのなら、土に還ることができないぐらい何でもないと思ったようだ。そうして〈かれら〉と〈楽園〉の利害は一致して、今の世界の構造はできている――もちろんこれもアオジから聞いた話だ。

「彼らは納得した上で、コンテナの中に入ってるんだ」初めて〈生もの〉を運んだ時、中身を知ってショックを覚えた俺に、アオジは言った。「それを不幸とか哀れに思う筋合いは、俺たちにはねえんだ」


 アラートが響く。

 思考の海から引き上げられた俺は反射的にブレーキを掛けた。ユニットは数歩進んだ後で、歩みを止めた。

 警告を発したのはエコー・レーダーだ。進路上の障害を探知したようだ。のぞき穴から様子をうかがう。まさかと思いハッチを開くと、ついこのあいだまで掛かっていた橋がなくなっている。古くからあるという鉄橋だったが、ついに崩落したらしい。

「くそ」俺は頭を掻きながら、ダッシュボードから地図を出して広げた。時間のロスを最小限に抑えるルートを、指で辿りつつ探した。

 谷を越える橋は、渡るつもりだったのがこの付近では唯一現存していたものだ。更に上流へ辿れば橋がないことはないが、そこまで行っている暇はない。海に出て海岸線を港まで行く方法があるが、海辺は〈フナムシ〉たちのテリトリーだ。休戦協定があるとはいえ、どんな因縁を付けられるかわからない。

 こうしている間にも時間は過ぎていく。荷物が劣化していく音が聞こえるようだ。ジワジワと、つま先から腐っていくような――

 そんな音は聞こえない。だが、別の音が聞こえた。

 抑揚のついた、流れるような音だ。

 歌――

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