1−3

 火葬と納骨が終わると、それでアオジの死に関する儀式は完了となった。今や彼が存在したという証は、僅かな遺品と遺された者の記憶のみである。

 ツバメと向かい合って軽い昼食を済ませ、俺は仕事へ出た。ユニットの操縦席で無線のスイッチを入れると、タイミングよく近くの〈楽園〉からの配送依頼を受信した。応答のサインを送り、ユニットの鼻先を目的地へと向けた。

 村から〈楽園〉までには道と呼べるような文明的なものは存在しない。地面はヒビ割れ、隆起や陥没を至るところで繰り返している。蜘蛛を模した六本脚の多脚駆動重機(ユニツト)でなければ、まず進むことは不可能だ。大昔、〈かれら〉との戦争の際には背中に武器を載せて戦っていた蜘蛛たちが、今は人々の生活物資を背負って運んでいる。戦争の際には文字通り虫けらのようにあしらわれたこれらの機械に、人間たちはどうにか生かされている。

 人工筋の伸縮する音と、シャフトの駆動音のみが操縦席に満ちている。他に音はいらない。無線も、移動中は基本オフにしている。単調な音の繰り返しに耳を澄ませる。好き嫌いなど関係なく、ただアオジから受け継いだ習慣として、そうしているのだ。

 アオジは水と食糧さえあれば充分という男だった。それも、ツバメと俺の分さえ足りていれば、自分の分は求めなかった。酒がないと文句を言ったこともなかった。煙草だって、なければないで平気そうだった。「とりあえず生きられればいいんだ」彼はよくそう言った。「命さえあれば、あとはどうにかなる」。

 煙草を吸いたくなるが、一先ず集荷が先だ。他の奴に仕事を奪われかねない。メイン・モニタの中では半球型のガラスが光っていた。目指す〈楽園〉のシェルターだ。

〈かれら〉がやって来た時、人類はあらん限りの力を尽くしてこの来訪者たちを撃滅せんと対抗した。だが、そのどれもが無力に等しく、〈かれら〉に傷一つ付けることができなかった。一方的に戦いを始めた人類が一方的に降伏を申し入れた時、地上に残っていたのは多くの廃墟と、兵器によって汚染された空気だけだった。

 皆殺しにされるものだと誰もが震えたが、〈かれら〉はそのような行動には出なかった。人類の代表者を呼び出した〈かれら〉は、崩壊した都市に変わる住処の用意を申し出、そこに入る者を選別するよう人間たちに求めた。

 ここで〈かれら〉から提供されたのが、今では〈楽園〉と呼ばれているシェルターだ。内部には、それまで人類が暮らしていた都市を凌駕するほどの技術を使った街が作られており、そこでは万民に等しく衣食住が保証され、清浄な空気が満ちているとのことだった。避難用シェルターどころか、その名の通り、人類の歴史上類を見ないような楽園である。わざわざ募らずとも、入居希望者は殺到した。そのせいで人間同士の殺し合いが起きたほどだ。

 相手方の通信圏内に入る前に、再び無線のスイッチを入れた。用件を訊かれた時、答えられないと攻撃を受けかねない。彼らは外の人間に容赦しない。彼らにとって俺たちは、空に浮かぶ〈かれら〉以上に得体の知れない外敵なのだ。

 スピーカーからホワイトノイズが聞こえ始める。やがて不鮮明な抑揚となり、言葉の輪郭を帯びてきた。

『――繰り返す。旧99号線付近を走行中のユニットへ告ぐ。接近目的を答えよ。返答のない場合、警告射撃を開始する』

「配送依頼D2556の件で集荷に来ました」俺は無線に答えた。

『了解。照合する』相手がしばらく無線からいなくなる。『――照合確認。受諾パスワードを述べよ』

「〈S・L・op20〉」

『――確認完了。搬入口への誘導を開始する。尚、誘導に従わない行動が見られた場合は即座に撃破する。注意されたし』

「了解」言ってから、小さく溜息をついた。その音を拾えるほど、こちらのマイクは高性能ではない。

 無線での誘導に従って、〈楽園〉外郭に設えられた搬入口へ機体を付けた。シェルター自体は半球形で、地面との接地部分は高さ五十メートルほどの壁となっている。それが真円のシェルターを囲う形で、どこまでも続いている。搬入口は他にも何カ所かあるが、それ以外に出入り口のようなものは見当たらない。人間が出入りすることは考えられていないようだ。

 搬入口にしたところで、荷物の受け取りや引き渡しは完全に自動化されていて、俺たちクーリーが中の人間と顔を合わせることはない。彼らは頑として外の空気を吸うまいと決めているらしい。本当なら、外気に晒された荷物だって〈楽園〉の中に入れたくないのかもしれない。

 ここで俺がすべきことはただ一つ。待つことだ。クーリーはユニットから降りることを許されていない。うっかりハッチから顔を出した奴が銃撃されたという話も聞いたことがある。ユニットの上部にコンテナを載せられるまでじっと待つ。次に能動的に何かできるのは、相手の許可が出てからだ。

 クレーンのモーター音と思しきものが近付いてきて、機体全体が緩やかに揺れた。蜘蛛の背中に箱が載っている様を、俺は想像する。

『コンテナ設置。固定せよ』

「了解」モニタ横のスイッチを上げる。頭上で鉄の閂が掛かるような音がした。「固定確認」

『配送先はE51番港』

「港?」思わず声が出た。港ということは〈かれら〉宛の荷物だ。すると中身は――

『内容物は〈生もの〉。早急な配達を要望する』

「……了解」

 一度受けた配送を拒否する権利は、俺たちにはない。また、万が一失敗した場合は信用を失い、二度と仕事が得られなくなる。脚が折れようが腕を失おうが、何が何でも荷物を届ける。失敗は命を落とすのと同じこと。それがクーリーという職業だ。だから、たとえ気が乗らない仕事でも、引き受ける他に道はない。

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