1−2
何だかんだと仕事が重なり、村に帰り着いた時には夜になっていた。家には組合長以下、村の男たちが集まり、「故人を偲んで」宴が催されていた。
「遅かったじゃねえか」「親不孝者め」「まあとりあえず一杯やれ」。それらの声をやり過ごしながら、居間を抜ける。奥の台所では、やはり近所から集まってきたかみさん連中が喋りながら、そのついでに男たちに食わせる料理を拵えていた。ここでも俺は帰宅の遅さを責められた。
「早くあの子のとこ行ってやんな」
積み上がった唐揚げの一つも食わせてもらえず、台所から叩き出された。仕方なく、アオジの部屋へ向かった。
真っ暗な部屋に、ささやかなランプの火だけが灯っていた。アオジの愛用していたアルコールランプだ。電気を引くこともできたのに、村の非力な発電機を気にして「暗くなったら寝りゃいいんだ」と言って、決して電灯を使うことはなかった。
「おかえり」暗がりの中からツバメが言った。故人の枕元に正座している彼女の影が、橙色の灯りによってぼんやりと浮かんできた。
「ただいま――悪い、遅くなって」
「仕方ないよ、仕事なんだし。ハチが忙しくしてる方が父さんもきっと喜ぶ」
目が慣れてきて、部屋の真ん中に敷かれた布団の形まで確認できるようになる。俺はツバメの隣に腰を下ろした。
「顔、見る?」
こちらの返事をわかっているように、俺が答える前にツバメは故人の顔に掛かった布を外した。
アオジの顔が現れる。暗がりで見るせいか、生死の区別をつけにくい。〈寝顔〉といっても通りそうだ。もっとも、病が悪化していく中で彼の顔は、ほとんど死者と変わらないほどやつれていたが。
ツバメが言う。
「……最期は先生に頼んで、薬で終わらせてもらったの」
彼女の膝の上で、拳が握りしめられる。俺は目を逸らして言った。
「それが親父の希望だったろ」
「うん」
「いつまでも苦しむよりずっといい」
開けたままの襖の向こうから談笑が聞こえてきた。この暗闇から見る廊下は、別世界のように明るい。
「親父はきっと喜んでる。今頃はあの世で、昔の仲間と酒でも飲んでるさ」
「そうだね」ツバメは短く鼻を啜ると、腰を浮かせた。「わたしも向こう、手伝ってくる。ハチも何か食べるでしょ?」
「少ししたら行くよ」
出て行く彼女を見送り、俺は改めてアオジの顔に目を戻す。乾いた空気と、砂埃と、汚染物質に晒されて、硬く、ヒビの入った顔。
アオジは望み通りの死を迎えた。荒野の真ん中で野垂れ死ぬことだって珍しくないこの世の中において、自分の布団で、娘に看取られながら息を引き取った。これ以上に幸福な死に方があるだろうか。
死んだ者が幸福な最期を迎えたならば、それを祝わなければならない。
理屈はわかる。だが、納得できるかはまた別の話だ。
「親父」俺は静かな寝顔に呼び掛ける。「まあしばらくゆっくりしてくれよ。俺もそのうち行くからさ」
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