17-Ⅹ ~さよなら・ジュテーム~

「……エイミーさん!」

「愛……まずいことになったぞ」

「宇宙警察の方から、事情は聞きましたよ」


 エイミーと合流した愛と安里は、揃いも揃って困った顔をしていた。


「……あの宇宙人さんも、そうなんですか……?」

「まあな。ただ、アイツの場合はちょっと、他の奴とは違う」


 ジュテームはいうなれば武器マニア。なのでヤトガミの後継者とか、そんなものはどうでもいい男だ。夜刀神刀が目的というのも、彼の場合は純粋なコレクションにするのが目的だろう。


「ど、どうしよう……?」

「どうするも何も……持って行かせるわけにもいかないだろ!?」

「どうなんですか、幽霊さんとしては。また宇宙に行くのは?」

「冗談じゃない。死んでもごめんだ」

「夜道さんもう死んでるじゃないですか……」

「そうか? まあ、それでも嫌なもんは嫌だな」


 愛と夜道の掛け合いをよそに、安里とエイミーは思考を巡らせる。


「……上の連中には、話したのか? 愛が夜刀神刀を持ってるってこと」

「言うわけないでしょう。愛さんが必要以上に重要人物になってしまうし、何より……蓮さんがいますからね」

「ああ、アイツにも知られたくないのか……」


 頭が痛いのはそこだ。どうして味方の、しかも一番頼りになる奴にまで、隠さないといけないのか。

 それは彼氏と彼女の間の問題なので、正直どうでもいいのだが……。


「……お願い、できない? エイミーさん」

「あーもう、わかったよ! そっちも何とかしてやるよ」


 上目づかいで頼んでくる愛に、エイミーは諦めたように首を振った。そして、そのあとすぐに、今度はじっと愛の方を見やる。


「……その代わり、お前にもできる限り協力はしてもらうぞ」

「へ?」

「あったりまえだろうが! 今回のコミケ、お前の背中にすべてがかかっていると言ってもいいんだぞ!」

「え――――――っ!? そんなぁ!」


 ある意味物理的にも本当に背負っているということに気づいていたのは、安里と夜道だけだった。


*****


「……よう、ジュテーム」

「ん? ……何だ、そいつら?」


 縛られたジュテームが見上げると、エイミーの後ろには見慣れない男女がいた。黒い服を着ている男に、エイミーと同じ服を着ている女だ。


「……私の友人だよ。地球のな」

「地球の友人?」


 首……という部位がない種族なのだが、傾げているのが分かった。何せ、彼の認識では自分と同様、コミケのために地球に来ているはず。そして、そんな奴が地球に友人を作るなど、できるはずもない。宇宙警察に追われる身だからだ。


 それなのに友達がいる。つまり――――――。


「私はたまたま、コミケ開催が決まる前から地球にいたんだよ。色々あってな」

「何ぃ!?」

「それで、今回は運営側だ。だから、お前らに下手に暴れられると困る。私の祖国が帝政

解体されたのは流石に知ってるだろ?」

「……そういや、そんな話があったが……? え、じゃあお前……!」


「ああ。――――――お前はこの後、強制送還される」


 エイミーの言葉に、ジュテームは愕然とした。


「――――――俺を、騙したのか!?」

「人聞きの悪いこと言うな! そもそも宇宙警察と闘ってて捕まって、私がいたらそっち側だって思うだろ、普通は!」

「じゃあ、さっきのヤトガミの刀の噂も……!」

「ああ、それは騙した。悪いな」

「お前……!」


 ギリギリと怒るジュテームとふふん、と笑うエイミーを見やり、愛はなんとなくそこまで深刻ではないと感じた。言ってしまえば、友人同士の軽いじゃれ合いのような。


「――――――くそう、まんまと騙されたぁ……! まさかお前が運営に回る日が来るとはなぁ……!」

「ははは、私もびっくりだよ、全くな」


 ジュテームもエイミーに騙されたことに対して、怒り狂うというか、悔しそうに足でダンダンと床を叩いていた。きっとだが、こういうやり取りをこの2人は何度も繰り返してきたんだろう。


(……え、もしかして、エイミーさん、……?)


 そういう発想になるのは、自分が絶賛恋愛中だからだろうか。そう思うと、エイミーのいつも見せない表情も、なんだかちょっと可愛らしく感じる。


(……でも、それだと、地球から出て行ってもらうのは……)


 エイミー自身も辛いんじゃなかろうか。せっかく久しぶりに会えたのに。それに、コミケだって一緒に回りたいんじゃ……。


「……このまま宇宙警察に引き渡したら、地球から追放はもちろんだろうが、コミケへの参加も無理だろうな。宇宙警察もぶっ飛ばしちまったみたいだし」

「そうだなあ。クソ、じゃあ、俺の代わりに買っといてくれないか? あとで金払うから」

「しょうがないな。いつものサークルだけでいいのか?」

「いや、新しく興味がそそられるのが何個かあってだな――――――」


 エイミーのカタログに、ジュテームは指定をしていく。指定されたものを一通り掻きこむと、エイミーはちらりと愛を見やった。


「……で、だ。お前どうせ、ただ追い出しただけじゃ無理やり地球に戻ってくるだろ? そうなるとさっきも言ったが、私の祖国が困るわけだ」

「わかってるよ。終わるまでおとなしくしてるさ」

「お前のその言葉ほど、一番信用できないんだよ! ……だから、こっちも交換条件を出す」

「ほう? 何だ?」


 ジロリとエイミーを見やるジュテームに対し、彼女はニヤリと笑みを浮かべた。


 これは今回コミケに参加できなくなってしまった友人への、せめてものはなむけだ。


*****


「――――――テガタン星人ジュテーム。わかっていると思うが、お前は一度母星のテガタン星へと強制送還となる。それから、コミケ開催中の太陽系への侵入は一切禁止だ」


 安里探偵事務所のあるビルの屋上に、そこそこ大きな球体があった。人間だったら、仲に座ればすっぽり収まるようなサイズ感。原理は不明だが、地球人が見たら「小型の宇宙艇だな」ということがわかるだろう。


 バーンズとブルーナに引っ張られて、テガタン星人ジュテームはその宇宙艇へと乗り込んだ。暴れられないように、4本の腕にはすべて手錠がはめられている。


「……抵抗しても無駄だぞ」


 バーンズもブルーナも、非常に警戒していた。犯罪者と対峙するのが警察の指名とはいえ、ジュテームは自分たちよりもはるかに格上。それを、ショッピングモールでわからされている。

 とはいえ、それは向こうも同じこと。ジュテームが逆立ちしても勝てないであろう紅羽蓮も、ジュテームが乗り込む様子をうかがっている。


「ふっ。抵抗なんぞせんよ」


 一方ジュテームは、あのショッピングモールでの昂ぶりはどこへやら、連行されて宇宙艇に乗り込むまで、すっかりおとなしくなっていた。


 ――――――というか、どこか放心状態、という感じである。


「……おい、アイツ、なんかあったのか?」

「さあ、何でしょうね?」


 蓮の隣で連行を見ている安里は、全く何を考えているかわからない笑顔で様子を見ている。さっきまで一緒にいたというから、コイツが何かしたのだろうと、蓮は勝手にあたりを着けた。正直興味はない。


 ジュテームが乗り込んだ宇宙艇のドアを外からロックし、中からは開けられないようにすると、いよいよもって宇宙艇が離陸準備を始める。


「……エイミーさん、本当に良かったの?」

「何が?」


 離陸寸前の宇宙艇を見やりながら、愛はエイミーに問いかけた。


「せっかく、お友達に久しぶりに会えたのに……それに、コミケだって……」

「ああ、いいんだよ。アイツ、こんなのしょっちゅうだからな」

「え、そうなの?」

「特にヤトガミが絡むとなあ。行く先々で暴れまわるから、トラブルが絶えないんだよな」

「そ、そうなんだ……?」

「ま、いつもは無理やり参加しようとするんだが、流石に今回はないだろ」

「……だといいけど……」


 そしてとうとう宇宙艇が飛び立つ。音もなく一直線に空の彼方へと消えていった宇宙艇を見やりながら、愛は感じた。


(……勘違い、だったかな?)


 そう思ったのは、宇宙艇を見上げるエイミーの顔が、非常に気だるげだったからだ。


*****


 ジュテームを乗せた宇宙艇は、あっという間に大気圏を突き抜け、地球の外へと飛行していた。ここから自動操縦で、彼の故郷であるテガタン星へと航行を開始する。

 狭い宇宙艇内に押し込められてはいるが、ジュテームに一切の不満はなかった。


「……ふ、ふふっ……。ぐふふっ……!」


 ようやく、押し殺していた声を出すことができる。実のところ彼はずっと叫びたくて仕方なかったが、怪しまれるので声を出せなかったのだ。


「――――――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 宇宙艇の中に、ジュテームの咆哮が響き渡る。しかしそれは、怒りや悲しみではなく、歓喜の感情に満ちていた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお―――――――っ!! うおおおおおおおおおおおおおお――――――っ!!」


 もう、叫ぶ以外に感情を表現する手段がない。言語化するなど不可能。それほどの喜びに、彼は包まれていた。

 コミケへの参加禁止? 母星への強制送還? そんなのすべてがどうでも良い。


「うおおおおおおおおお!わははっはははははははっはははは!」


 気が狂ったかのように爆笑しながら、ジュテームは自分以外誰もいない宇宙を進んでいく。


 彼の旅路は、幸福に包まれていた。

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