16-ⅩⅩⅩⅩⅨ ~呼び起こされざる記憶~

「い、一体どういうことなんですか!?」

『さあ』

「さあ、って!」


 あまりにも強烈すぎる安里のカミングアウトに対して、愛は糸電話で思いっきり叫んでいた。あまりにもあんまりな内容に、隣に春奈がいることなど、頭から吹っ飛んでしまっている。春奈は糸電話に向かって叫ぶ愛に、ポカンとしていた。


「あ、あの……立花さん? なんか、あったんですか?」

「へ!? あ、いや……」


 まさか、彼女のとんでもない動画を見つけたなどとは、正直に言えるわけもない。愛はまごまごと、どもるばかりだった。


「……春奈さん。ちょっと手に入れたデータの整理に時間がかかりそうなので、今日はこちらでまとめておきたいのですが。日を改めていただいても良いですか?」

「安里さん? あ、はい……」


 パーテーションから普通に出てきた安里の説明を真に受けて、春奈は事務所を出ていく。念のためビルの外から外へ出たことを確認すると、愛も安里も朱部もため息をついた。


「……本当なんですか? ハ●撮りって……」

「何だったら見ます?」

「いや、見ないですけど……」


 実物を愛に見せるわけにもいかない(そんなことが知れたら後で蓮さんに殺される)ので、安里は仕方なく、図で説明を始めた。下手糞な絵だったが、おかげで生々しさは中和されている。


「……どういうことなんですか?」

「ふーーーーむ。春奈さん、確か現在の彼氏さんとは、高校の頃に付き合い始めたんですよね」

「ということは、元カレ? 川上が」

「可能性もないとは言い切れません。本人の記憶もないでしょうしねえ」


 そうなれば、付き合っていたという記憶もないはずだ。例の彼氏が、人生2度目でも繰り上がって初の彼氏となっていてもおかしくない。結局、春奈と川上がどういう関係だったのか、はっきりした関係は見えてこないままだ。


「……やはり、スマホですか。この動画についてはおそらくバックアップなんでしょうが、動画自体はスマホで撮っているようですし」

「プライベートを調べるなら、今どきならスマホよね、やっぱり」

「でも、川上さんのスマホなんてどこにあるかわかりませんよ?」

「さて、どうしますかねえ」


 安里は頭をポリポリと掻きながら、他のデータも探ってみる。


 しばらくぼーっと眺めている安里だったが、やがてある画像ファイルを見つけた。


「……んん?」


 中身を開いて確認している安里だったが、何個か画像を見ているうちに――――――なんだか、失笑し始めた。


「ふ、ふふふふ……」

「? どうしたんですか、安里さん」

「愛さん、どうやら春奈さんの人生初彼氏は、川上さんではないようですよ」

「え?」

「朱部さん、ほら」


 安里が愛に魅せず、朱部にだけ見せた画像。それは、春奈のハ●動画と同様の静止画だった。

 それも春奈のものではない。だが、見覚えがある。全部、春奈の高校のアルバムにあった女子生徒だった。画像の数は非常に多く、人数で言えば5人を超える。


「……これは……単独犯?」

「ケースバイケース、ですかね。ほら、これ見てください。チ●コ見せている人と、それを撮影している人がいるでしょう? ということは、複数のケースもあるわけですね」


 言葉の端々から聞こえてくる不穏な単語だけだったが、愛もなんとなく理解できた。つまりは、川上は複数の女子を手籠めにしていたというわけだ。


「それに、写真の女の子の表情ですが……あまり、乗り気とは言えない。乗せられないカメラマンの責任かもしれませんが、やっぱり被写体になる人は笑っている方が、見ているこっちも気分いいですよね」

「誰もそんなこと聞いてないわよ」


 そもそも、ハッキングで不正に人のPCを覗き見している奴らがそんなことを言える筋合いは全くない。


「……ともかく、じゃあ、春奈さんは……川上に、無理やり……?」

「無理やりかどうかはわかりませんがね。合意って可能性もありますよ?」

「合意?」

「経緯はともあれ、本人が「わかった」って言ったら合意ですからね。経緯はともあれ」

「それは無理やりと大差ないのでは……?」

「ともかく、これで納得いきましたね。春奈さんの記憶から消えているもう一人の人物、川上哲郎。そして、その記憶を引き出すカギとして、セックスがあった」


 そりゃ、鍵ともなるだろう。何だったら、一番消しておきたい記憶のはずだ。ろくでもないであろう素性の男との性行為など。


「……そして春奈さんは、もう一人の記憶も隠されていた。弟の、才我くんです」

「2人の記憶を同じ方法で消した、と……。ということは、同一人物の手口って可能性が高いわね」

「ええ。同じ方法で隠したのがきっかけだったのか、バグか……。本来起こりえないことが起こってしまった」

「起こりえないこと?」


「川上の記憶を呼び起こすキーで、才我くんの記憶が呼び起こされてしまったことです」


 本人としても、思い出したくないことだったのかもしれない。だが、彼氏とのセックスは川上との情事の記憶を呼び起こしそうになった。それを拒否するような形で、代わりに才我の記憶が呼び起こされた――――――。


「……ま、あくまで推理ですけど」

「じゃあ、川上は一体どこにいるんです……?」

「さあ。死んでるんじゃない?」


 誰も行方を知らない、スマホも見つからない。そうなると、存在そのものを消されている可能性が高かった。


 それにこの男、恐らく普通に生きていても遅かれ早かれ恨みを買い、ひどい目に遭うだろう。得た情報からは、そういう印象しか得られない。


 そのせいか、朱部の受け答えは非常にドライだった。

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