16-ⅩⅩⅩⅩⅦ ~もう一人の消された男~
『――――――アルバム、ですか? 私の?』
「はい」
安里の言葉に、電話越しの春奈は酷く困惑しているようだった。それも無理は無い。弟を探してほしいと言っているのに、なぜ自分のアルバムを持ってきてほしい、と言われるのか。普通に考えれば訳が分からないだろう。
「どうしても調査に必要なものなんです。お願いできませんか?」
『はぁ……構いませんけど』
「ご面倒をおかけしてすみませんね」
そうして安里は春奈に、自分の高校までの卒業アルバムを、事務所に持ってきてもらう。
「持ってきましたけど……でも、これ、私のアルバムですよ? 才我を探すのに、必要なんですか?」
「ああ、厳密に言うとちょっと違うんです。才我くんはうちの蓮さんが探しに行っているので、遠からず見つかると思うんですよ」
蓮ならどんな罠があろうと力づくで突破できるだろうし。最悪、力技で一人一人締め上げることも可能だろう。さすがにそんな物騒な手段はよっぽどでないと使わないと思うが、ともかく安里は、蓮が才我を見つけることに関しては全く疑いを持っていなかった。
「問題は、見つけた後のことでして」
「見つけた後?」
「はい。そもそも自分に関する記憶を消して行方をくらました弟さんが、見つかったからって素直に帰ってくると思いますか?」
わざわざそんなことをするのだから、身をくらませる必要があったわけだ。たとえ蓮が彼を見つけ、力づくで連れ帰ったとしても、なんだかんだでまたいなくなるかもしれない。そうなったら、安里たちでもまた見つけられるかはわからないのだ。
「じゃあ、どうすれば……?」
「大事なのは知ることですよ。……才我くんが、貴方の前からいなくなった理由をね」
安里はそう言って笑いながら、アルバムをパラパラとめくり始める。彼の目測では、彼女の高校時代のアルバムが怪しかった。何せ才我がいなくなったのは3年前。そして当時春奈は、高校生である。
「愛さん、何か不審な点があったら言ってくださいね」
「は、はい」
アルバムを覗き込むのは安里と春奈、そして隠された記憶の違和感を感じ取ることができる愛の3人。まずはクラスごとの、名前と顔がわかるページだ。
「1クラス、大体40人か。確か、春奈さんの卒業された高校は、入試の定員は280人でしたよね?」
「はい。だから7クラスありました」
「最終的な卒業人数は、わかりますか?」
「いえ……でも、私のクラスは、39人でした」
「お知り合いで、退学されたという話は?」
「わかりません。……あ、これ、私の彼氏です」
「同じクラスだったんですね……」
そんな会話を含みながら、クラスごとのページは見終わる。愛も違和感は、特に感じなかった。
「――――――数えてましたが、合計で237人ですね」
「つまり、3人退学している、ってことですか?」
「どうでしょうね。……朱部さん」
安里が促すと、パソコンを叩いていた朱部が、書類を持ってきた。
「その年度生の退学者を調べたけど……退学したの、2人だったわよ」
書類にあったのは、校内稟議の管理簿である。恐らく学校の教員が作ったであろう書類の、大まかな主題が一覧となっていた。マーカー線が引いてある部分には『退学処分について』というタイトルがある。
「学年ごとに担当教員が分かれているから、おおよそ間違いないわ」
「そうですか。どうもありがとう」
「ど、どういうことですか?」
「学校のパソコンをハッキングして、調べてもらってたんですよ。何人退学になっているか」
「どうして、そんなこと……」
「あ、安里さん! ありました!」
疑問を投げかけようとした春奈の言葉を、愛が叫んで遮った。愛の叫びに、全員がアルバムに視線を注目する。それは、春奈が高校2年生の時の、修学旅行の様子を写真に収めたものだった。
「……どこです? 愛さん」
「ここ、ここです。この、ちょっとチャラい人たちの」
写真は、奈良は東大寺の大仏での写真。高校生の修学旅行としては、なにぶんオーソドックスなロケーションだ。
そして、大仏の前で、舌を出し手ピースしたり、中指を立てている男子と、かわい子ぶった女子がポーズを決めている写真がある。
「……ああ、この人たち、隣のクラスの仲良しグループですね。結構有名でした」
「で、問題の部分は?」
「この写真の、左端……ここに、黒い靄が……!」
愛が写真の部分を指で触ろうとする。その瞬間、安里はその手を遮った。
「待った。愛さんが触ると、また火花が出るかもしれません。そうなると、せっかくの顔が見えなくなってしまいます」
そして安里は、にこりと笑うと、アルバムの写真に触れる。
「そういうのは僕の役目ですから」
そして写真部分と「同化侵食」する。靄部分は安里に侵食されることで、徐々に形を保てなくなっていった。
「――――――ほうら、見えてきましたよ」
「あ……!」
靄が消えて露になった写真の人物を、安里と愛、春奈と朱部は見やる。
――――――ピースサインをしているちょっとチャラい感じの男子生徒が、そこには写っていた。
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