16-ⅩⅩⅩⅩⅥ ~安里修一の邪悪な推理~

「……最初から、どうにも引っかかっていたんです」


 蓮が彩湖学園に潜入して幾日か。安里修一は、自身の城たる探偵事務所でコーヒーの湯気をくゆらせていた。


「気になる、ですか?」

「ええ、もうほんと、気になって仕方ない点が」


 そのコーヒーを淹れているのは、事務所の従業員である立花愛だった。蓮がおらず、社員の朱部が安里の話を全然聞かない以上、仕事中の安里の話し相手は彼女ということに成る。


「何がそんなに気になるんですか?」

「……春奈さんの、記憶の取り戻し方です」

「取り戻し方?」


 安里の言葉に、愛は首を傾げた。こういう反応をしてくれる人がいると、話す側は気分が良くなるものだ。


「……春奈さんは、彼氏の男性との性行為で、性的絶頂をした際に、弟の事を思い出した、という話でしたよね」

「そ……そうでしたね……」


 安里の口から容赦なく出てくる生々しいワードにより、愛は顔を赤らめた。だが、事実ではあるので安里は淡々と続ける。


「……それ、おかしいと思いませんか?」

「おかしい……って?」

「何でセックスで弟を思い出すんですか?」


 かなりのパワーワード。その言葉のおかしさに、愛は少し俯いてしまう。


「愛さん、僕は真面目な話をしてるんです。珍しく」

「そ、そんなぁ」

「今日は僕の発言を途中で遮ってくる蓮さんもいないですからね、どんどん行きますよ」


 そう言ってにこりと笑いながら、安里は続ける。


「どう考えてもおかしいんです。ほら、愛さん。春奈さんが才我くんのことをよりはっきり思い出したきっかけ、覚えてます?」

「え? 確か……アルバム?」

「そう。才我くんの顔が写った写真のあった、アルバムです。つまり、何かしら才我くんに関連する、何かこそが記憶を引き出すカギであるわけで」


 それに、才我の部屋も認識できないようになっていた。記憶を消すのはもちろん、彼らの存在を感じ取れるものもわからなくされている、つまりは記憶を引き出すキーになっている……と、安里は仮定していた。


「そこで、愛さんに質問です。……6歳の弟の記憶を思い出すキー、それがセックスって、どう思います?」

「どうって……あ、確かにそうだ!」


 安里の問いかけに、愛もはっきりとわかった。キーとなるのはおかしい。だって、才我は当時6歳。それに何より、彼は春奈の実の弟である。


「いくら何でも、結びつきはしないでしょ。……そういう関係であるとも、考えづらいですしね」

「……単純に、その……イッちゃったショックで思い出したんじゃないんですか?」

「そんなざるな記憶操作なら、する意味ないですよ」


 こう言ってしまっては何だが、セックスなんて生きていれば多かれ少なかれ経験する機会はある。もし仮に絶頂が記憶を呼び起こしたのだとしたら、そんなほぼ生理現象程度で解ける封印など、ないも同義だ。


「それに当時、春奈さんは今付き合っている彼氏さんとお付き合いを始めたそうじゃないですか。それを知っているとしたら、遅かれ早かれすることくらい想像つくでしょ。若い男女なんだし」

「じゃあ、どうして才我くんのことを、春奈さんは思い出せたんでしょう?」


 愛の問いかけに、安里はコーヒーを啜りながら思考を巡らせていった。


 記憶の鍵、セックスという行為、そして封印されたのはその人物に関するもの……。


「……そうですねえ。例えば……」


 温かいコーヒーを喉に流し込み、全身の血流が巡る。温まる身体に、安里の推理も温まっていった。わずかな時間で、様々な可能性が頭をよぎる。

 ふぅ、と息を吐いた時、安里の中で一つの答えが出た。


「―――――――実は、記憶を消されているのは、才我くんだけではない、とか」

「……え?」


 安里のニヤリと笑って放った答えに、愛は眉をひそめた。


「それって、まさか……」

「その、もう一人の消された人物の記憶を呼び起こすキーが……セックスだったんじゃないかと。そう思うんですが、いかがでしょう?」


 その安里の笑みは邪悪に満ちている。


――――――愛でもどういうことか連想できてしまったのは、おぞましい想像だった。

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