16-ⅩⅩⅩⅩⅤ ~二ノ瀬才我の秘密~
「うおおおおおおおおおおおっ」
蓮が、舞台を通り越して観客席を走る。その後ろを、高速で飛ぶスフィアボールが撃ち抜いていき、蓮が通り過ぎた客席を片っ端から破壊していた。
スフィアボールはまるで連続パンチのように、1ヵ所を破壊しては引っ込み、また突っ込んで破壊していく。それが超高速で行われるため、さながらガトリング銃を連射しているかのように席を破壊していく。
「……めちゃくちゃやりやがって!」
蓮は観客席から一気に踏み込むと、スフィアボールを操る二ノ瀬才我の元へと、一直線に跳ぶ。
「……拳骨くらいで済ませてやるから、勘弁しろよな!」
そして才我にパンチを繰り出す。が――――――蓮は才我を殴ることはできなかった。
それは才我少年が齢若干9歳であるため。……ではなく。
「……何ぃ!?」
蓮と才我の間に、スフィアボールが突然現れたと思ったら、蓮の腕を上にかち上げてパンチの軌道を逸らしている。力任せに逸らすのではなく、スフィアボールが回転することで蓮のパンチの力を逃がしつつ、軌道を逸らしていたのだ。
しかも、ただ軌道を逸らしただけではない。
「……あ?」
蓮の腕に、スフィアボールが、べったりとくっついていた。まるで、糊でくっついているかのように、である。
そして、そのままスフィアボールは、空中にふわふわと浮いていた。
「……まさか……」
蓮が嫌な予感を悟ると同時、スフィアボールは上へと、勢いよく飛んでいった。蓮の腕をくっつけたまま。
「うおおおおおおおおおおおお!?」
音速以上の速度で上昇するスフィアボールはESPホールの天井をぶち破り、空へと舞い上がる。普通の人間ならこの時点で内臓がぐちゃぐちゃになって死にそうなものだが、そこは紅羽蓮。彼の内臓はこんなことではびくともしない。
学園の敷地が全望できる高さまで上昇したところで、スフィアボールは今度はぐるぐると回転し始める。蓮の腕がくっついたままなので、当然、蓮も振り回され始めた。
「うわわわわわわわわわわわわわわわ!」
ぐるぐる、ぐるぐると視界が動き回る。縦、横、斜めに乱雑に、蓮の身体は振り回された。その回転の速度もどんどん速くなり、普通の人間なら、遠心力で体がバラバラになる速度で、しっちゃかめっちゃかに振り回される。
そして回転が急にピタッと止まったかと思えば。
「ん? ……うわあ!」
今度は音速で、急降下する。腕にくっついたスフィアボールのせいで、頭が下になる。そのままESPホールの天井をぶち破ると、そのまま舞台へと叩きつけられる。
衝突の衝撃に耐えられなかったのは、蓮ではなく舞台だった。ビキビキと亀裂が入ると、あっという間に壊れてしまう。舞台にいたはずの才我は、スフィアボールの上に乗って浮遊して逃れていた。
「……くっそ、いってててて……」
「……っ!?」
瓦礫をどかしながら、蓮は舞台から這い出る。頭を押さえながら、それ以外は何事もないようなリアクションに、流石の才我も面食らった。
「ったく、痛えなぁ。俺じゃなかったら死んでるぞ」
「お、お前……! 何者なんだ!?」
「……お前を連れ戻しに来た探偵で、お前らで言うところの、劣等生だよ」
浮遊する才我を見上げ、蓮は睨みを利かせる。
「……帰って来いよ。お前の姉ちゃん、心配してるぞ」
「……嘘だ! 姉ちゃんが、俺を心配なんてしてるわけない!!」
「それは、お前の事を忘れてるからか?」
「……っ!!」
蓮の言葉に、才我は明らかに動揺していた。蓮はそのまま、自分の知っている情報を、才我に叩きつける。
「黙れええええっ!」
才我の叫びとともに、スフィアボールが乱舞するように蓮に襲い掛かる。
「俺は帰らない! 絶対に、あんなところに帰ったりなんてするもんかっ!」
猛スピードで、不規則に飛び回りながら、スフィアボールは蓮への攻撃のタイミングをうかがっている。
しかし、蓮は飛んできた2つのスフィアボールを、いずれも初撃でキャッチした。
「なっ!?」
「……忘れてた、とは自分で言ってたぞ、春奈さん。それで、思い出したから、俺がここにいる」
「……!」
「忘れてるってのが理由なら、もうお前がここにいる意味はねえはずだ」
蓮の言葉に、才我はゆっくりと、地上へ降り立った。舞台も天井も観客席も壊れて、もう外の壁しかまともに残っていないESPホールの瓦礫の上へと。
「……俺のこの力、見ただろ。こんな能力持っている奴が、普通に生きれるわけないよ」
「お前……」
「俺のスフィアボールは! 人だって殺せるんだぞ! その気になれば!」
才我は叫ぶと同時、スフィアボールを地面へと叩きつける。瓦礫が粉砕されて、まるでハンマーで殴ったようなクレーターが出来上がった。
だが、そんなことで蓮はひるまない。
「そんくらい、俺だってできるわ」
そして足で軽く地面を踏むと、周囲の瓦礫が衝撃で浮き上がる。結果、才我よりもはるかに大きいクレーターが出来上がった。あまりの威力に、才我の喉が「ひっ」と干上がる。
「つうかな、異能とか関係ねえんだよ、そんなもんは。その気になれば人殺せるのは、現代じゃ誰だってできるっつーの」
その辺から刃物なりなんなり用意して、適当な誰かに突き刺せば殺人何てできてしまうのだ。結局、武器なんてものは何の関係もない。すべては、使う人次第だ。蓮自身、そのことは痛いほどよくわかっている。
そして、以前安里によって見せられて資料により、才我が帰れない本当の理由は、蓮にもすでに分かっていた。
「……そもそもこの学園に来る奴の常套句なんかで、お前がこんなところに来るわけねえんだ。お前の部屋に、めちゃくちゃ大量の入学案内書があったからな」
「えっ……俺の部屋、入ったの!?」
「おう。お前、本当はこんな胡散臭いところ、来たくなんかなかったんだろ」
入学案内書はいずれも破り捨てられていた。乱雑な捨てられ方を見るに、相当イラついたんだろうというのは、破られた手紙を見た安里の推理である。
そして、安里の推理により、彼がこの学園に来た理由、そして周囲から自分の記憶を消した理由も、ある程度蓮の頭には入っている。
「だからな。……お前がどうしても帰らないってなったら、それを諦めさせる切り札があるんだよ、こっちには」
そう言い、蓮はスマホを取り出した。空中から音速で落下使用が傷一つない、特別製のスマホである。
通話をかけ、「うん、ああ。スピーカーにするから。頼むわ」と言って、才我に向かって突き出した。
『……もしもし。才我?』
「……は?」
才我にとっては信じられない、だが、懐かしい声だった。紛れもなく、10個年上の、頼りなくも優しかった、姉の二ノ瀬春奈の声だ。
「……ね、姉ちゃん?」
『才我、そこにいるんだよね? ……ごめんね? 私、今まで、ずっと才我の事、忘れてて……』
「何で……何で思い出したんだよ、俺の事……!」
『ごめんね、本当に、ごめんね……ダメなお姉ちゃんで、本当にごめんね……』
「やめろよ、謝るなよ! なあ、おい、謝るなって!」
まるで姉に謝られることが、ひどく不快なように。才我は目をむき出しして、スマホに向かって怒鳴りつける。一方、通話の向こうの春奈は、すすり泣いていた。
『……お姉ちゃんね。才我がどうしていなくなったのか、私たちのところに戻ってこられないか、わかったんだ。だからね。才我がちゃんと家に帰れるようにするって、決めたんだ』
「やめろ……おい! 何する気だよ! やめろよ! 俺は帰りたくなんて――――――」
才我の叫びを遮るように、春奈は静かに、しかし凛とした声で告げた。
『――――――お姉ちゃん、今、警察の前にいるんだ。これから、自首する。――――――私、3年前に、人を殺しちゃったから』
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