16-ⅩⅩⅩⅩⅢ ~割れた仮面の中の素顔~

 カラン、と音を立てて、ひび割れた鉄仮面が舞台へと落ちる。その甲高い音を、観衆は黙って見ていた。

 それは天竜の鉄仮面が壊されたこともそうだが、彼ら自身、どうしても気になってしまったのだ。天竜てんりゅうライカの――――――素顔、というものを。


 彼はこの彩湖さいこ学園に入学してからずっと、人前に素顔を晒したことがない。鉄仮面を常に被り、会長である湯木渡ゆきわたりミチルを立ててずっとそばに控えていたナンバー2。そして彼も、個人間の決闘においては負けなしの成績。


 一部界隈では噂にもなっていたのだ。「会長と副会長、闘ったらどちらが強いのか」。その話題に対し、天竜自身は「俺が会長に勝てるわけがない」と答えていたが、実際のところは誰もわからない。


 そう、わからない。天竜は謎の多い男だ。素顔も実力も、学園の者が知る彼のプロフィールは、不透明が過ぎる。


 そんな彼の素顔があらわになる。会場にいる全員が、固唾を呑んで見守っていた。


 鉄仮面同様に吹き飛ばされ、仰向けになった天竜は――――――。


『……え? く、首が……ない?』


 あまりの光景に、実況も思わず声が漏れる。


 仮面が割れ、本来頭にある部分に、首がなかったのだ。そして胴体しかない身体も、ピクリとも動く様子がない。


 まさか。最悪な想像が、実況の脳裏によぎる。蓮が鉄仮面に膝蹴りを決めたあの時、天竜の頭も一緒に粉々にしてしまったのではなかろうか――――――。


「……おい、早く立てよ」


 実況の嫌な妄想は、蓮本人の言葉によって否定された。そして、蓮が言葉を投げかけると同時に―――――――首のない天竜の指が、ピクリと動く。


 次の瞬間、首なしの男は、ガバッと立ち上がった。


「……ギャアあああ―――――――――――――――――――――――――っ!!」


 一人の女子生徒が悲鳴を上げた。まるでゾンビ映画のようだ。

首なしの天竜の身体は、しっかりと蓮を向いている。動揺している生徒たちの中にほとんど気付く者はいなかったが、これはおかしなことだ。方向を感知すべき頭がないのに、どうして蓮の方をまっすぐに向くことができているのか。


 そして蓮は、首なしの天竜に対し、煽るように手招きをする。


「――――――来いよ。どうせもう、隠し通せねえだろ?」


 首がないのだから話せるはずのない天竜に対し、蓮はなおも言葉を投げかけた。


「――――――そんなもん取っ払って、かかって来いよ。……クソガキ」


 蓮の年齢は17歳。そして天竜は現在、この彩湖学園の3年目にして、プロフィール上は18歳である。つまり天竜の方が、蓮よりも年上だった。

 なので蓮が「クソガキ」などという発言をするのには、違和感がある。それも気づけた者は、ほんの数人だが。


 そして、蓮と対峙していた、首なしの天竜は。


 空っぽの首の中がチカッと一瞬光ったかと思うと――――――


「……っ!!」

 天竜の全身が、粉々に吹き飛び、破片がものすごい勢いで飛び散る。蓮は当たっても特に平気だったが、何とその威力は、バリアをわずかながらに貫通した。破片がバリアに突き刺さり、わずかながらに亀裂が生じる。


 大量の破片は大量の亀裂を生み、そして―――――――。


 ピシ、ピシ……。と音を立て、バリア全体の亀裂はどんどん大きくなる。


「え、おい……」

「嘘だろ、まさか……!?」


 生徒たちが青ざめる、ほんのわずか一瞬。その一瞬で、バリアは限界を迎えた。ガラスが割れるような音とともに、蓮たちの猛攻から観衆を守るバリアが、ばらばらに砕け散る。


「……う、うわああああああああああああああああああああああああ!」


 バリアが砕けた音によるものか、あるいは蓮から身を守るものがなくなった恐怖か。恐慌状態に陥った生徒たちは、一斉に席を立ち、ESPドームから逃げ出した。舞台の蓮たちには目もくれず、とにかく我先にと、観客席の出入り口に、まるで虫のように大量に群がっていく。


「……あーあ、派手にやりやがって」


 その光景を見やる蓮は、破片でビリビリに破けてしまった制服の上着を投げ捨てた。その中はいつも着ている、赤いTシャツである。破片が飛んできたことによる蓮自身にダメージは、一切なかった。


 そして逃げ出す面々の中、せめて最後に舞台の様子を見ておきたかった実況の少女は、あることに気づく。


(……あれ……?)


 天竜が弾け飛んだ場所に、人影を見た気がしたのだ。。


 それも、自分が知っている天竜のサイズよりも、一回りも二回りも小さい人影を。



*****


 悲鳴でやかましい舞台の上には、2人の男が立っていた。一人は、言うまでもなく紅羽蓮。


 そしてもう一人は、天竜ライカ――――――ではなかった。


「……ようやっと、出てきやがったな」


 蓮はズボンのポケットから、スマホを取り出した。そして、そこに写した写真と照合する。多少顔つきは変わっていたが、間違いなさそうだ。


「……お前、よくも……!」


 男の蓮に対する声は、高い声だった。まだ声変わりもしていないであろうに、必死に迫力を持たせようとしているのが、わかるくらいの幼い声だ。


「よくも、はねえだろ。俺はお前を探すために、わざわざ徒歩とある市からこんなところまで来てんだぞ?」


 徒歩市、という言葉に、男――――――いや、少年はピクリと身体を震わせた。


「徒歩市、だと……?」

「そうだよ。ついでに言えばな、俺はお前と同じ幼稚園の出身なんだ。……さゆり先生、知ってるだろ?」

「さゆり、先生……」


 聞き覚えがあるのも当然だ。少年が卒園した、「いぬかい幼稚園」の、当時副園長であった、優しいおばあちゃんの先生である。


「……何で、徒歩市あそこから……!」

「お前を探してくれって、頼まれててな。……なぁ?」


 蓮はスマホの写真を突き付けながら、少年を睨んだ。


「――――――二ノ瀬にのせ才我さいがくんよぉ」


 天竜ライカの正体。それは、蓮が探しに来た二ノ瀬にのせ春奈はるなの弟である、二ノ瀬才我(9歳)であった。

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