16-ⅩⅩⅩⅩⅡ ~天竜ライカとの戦い~

 会場に蓮への大ブーイングが炸裂する中、蓮が見据える舞台の端から、重い足音が昇ってくる音がする。

 それからすぐに、鉄仮面の副会長である天竜ライカの姿が見えてきた。


「……紅羽……! お前……!」

「よう、怖い顔してんな。副会長さんよ」


 天竜の顔は鉄仮面でうかがい知ることなどできない。だが、激しく怒り狂っていることは、彼から発せられる強烈なオーラによって丸わかりだった。


「よくも……会長を……!」

「別に俺は何もしてねえよ。……にはな」

「ふざけたことをしてくれる……! あの時、S4と一緒に潰しておくべきだったな……!」


 あまりにも卑怯な勝ち方が、彼もお気に召さなかったらしい。まあ、それはそうだ。というか、こんな勝ち方で喜ぶのなんて、それこそ悪側の人間だろう。


「……お前相手にするんなら、余計な怪我しとかない方が良いと思ってよ」

「何だと……?」

「はっきり言うが、お前アイツより強いだろ」


 蓮の言葉に、天竜は怒りのオーラを放ったまま、沈黙する。

 先ほど学園のツートップがミチルと天竜であるという話はゼロとしていたが、蓮の中ではそれはちょっと違う。


 実力は天竜の方がはるかに上。だがそれを、敢えて実力を隠している。S4の隠れ家で対峙して以来、蓮にはどうにもそう思えて仕方ない。


「俺にはどうにも、お前が力を抑え込んでるようにしか見えねえんだよ」

「……学園最強は、生徒会長だ」

「今、アイツのフェイズ3……だったか? 食らったけどよ、やっぱりお前の方が――――――」


 蓮が言い終わる前に、天竜はとげ付きの鉄球を、蓮めがけて勢いよく放つ。

 音速を超える速度の鉄球は、蓮のいた舞台の一部を、粉々に吹き飛ばした。土煙が巻き上がるとともに、ばらばらに砕けた舞台が、瓦礫となって飛び散る。


「……っ!!」


 その瓦礫の中に、天竜は見た。瓦礫の破片と一緒に、舞台とは異なる金属の破片が混ざっていたのを。


「ったく、せっかちなヤローだな」


 そして、天竜の背後から、蓮の声がする。


「まだ試合も始まってねえんだから、ちょっと待てよ」

「……っ!!」


 天竜が振り向くと、先ほどまで正面にいたはずの蓮が、いつの間にか背後にいる。しかも、彼の手には、天竜が先ほど放った鉄球の破片が握られていた。


「俺は不良だからな。ちゃんとルール守らねえと、叩かれるんだよ」


 人質作戦は普通に叩かれたけどな。あれも、別にルール違反とは言われていないのだが。


「――――――おい、実況!」

『え、あっ……!』


 いきなりすぎる攻撃にびっくりしていた実況に対し、蓮は叫んだ。


「とっとと試合始めろ!」

『あ、し、試合……開始ぃっ!』


 蓮の勢いにつられて、実況が試合開始を宣言した瞬間。


「……っ!!?」


 天竜の身体が、くの字に曲がって、大きく吹き飛んだ。蓮の強烈な回し蹴りが、彼のわき腹を捉えたのだ。

 吹き飛ぶ天竜の姿に、実況もマイクを握る力がさらに強くなる。


『……ま、また、卑怯な……!』

「別にこれは卑怯でもなんでもないだろ」


 蹴り飛ばした姿勢のまま、蓮は吹き飛んだ天竜を見やる。


(……今の感覚は……)


「ぐっ……がっ……!」


 よろよろと起き上がった天竜に、ダメージはなさそうだった。よろよろと起き上がり、うめき声をあげてはいるものの、だ。


「……あ、紅羽ぁ……!」

「これであいこにしてやるよ。ほら――――――かかってこい」

「……食らえぇぇええっ!」


 天竜が叫ぶと、舞台の下からとげ付き鉄球が浮かび上がってきた。やはりというか、鉄球のストックは用意していたようだ。


 音速で飛んでくる鉄球を、蓮は無造作に躱していく。鉄球は蓮を捉えられないと、そのまま舞台に落ちるどころか浮遊し、空中でさらに勢いをつけて蓮めがけて飛んでくるのだ。


『で、出ました! 天竜副会長のESP! 数多くの挑戦者を沈めてきた、縦横無尽の鉄球操作! この高速で動く鉄球に、ほぼすべての挑戦者が副会長に触れることもできずに散っていったのです!』

(……触れることもできず、か)


 右から、左から飛んでくる鉄球を躱しながら、蓮は実況にも耳を傾けていた。

 さっき天竜を蹴り飛ばした時も思ったことだが、蹴った感触が、明らかに人間じゃなかった。


 何に似ているかと言えば、そう。ドラム缶……。それも、空っぽのドラム缶を蹴ったのと、同じ感覚だ。ドラム缶、蹴ったことないけど。多分あんな感じだろう。空き缶の延長線上みたいなもんだろう。さすがに空き缶くらいなら、蓮でも蹴ったことくらいある。小学生のころ、缶蹴りが流行っていたのだ。


 蹴り飛ばした天竜のわき腹も、そんな感じで「ベコッ」とへこむ感覚があったのだ。普通の人間のわき腹とは、当然違う。


(……見えてきたな、大体よぉ)


 そしてそんな思考をかいくぐりながらも、蓮は高速で移動してくる鉄球を躱し続けている。


『……し、信じられません。あの鉄球の猛攻撃を、紅羽選手、紙一重でかわし続けています! 今まで、この技を30秒以上躱し続けた人物は、過去存在しません!』


 しかも実況にとっては信じられないことに、蓮はそのまま、天竜へと距離を詰め始めている。それとは反対に、天竜はじりじりと、蓮から距離を取ろうとしていた。蹴られたわき腹に手を添えているところを見るに、蹴られたダメージが相当なのだろう。それを警戒しているということか。


(……実際は違うんだろうけどな)


 おそらく、今蹴られたことで、彼の警戒レベルは急激に上がったのだろう。今まで誰も触れられずに倒してきたということは、つまりってことだ。


 だったら、触ってやろうじゃないか。それも、思いっきり。


「くっ……!」


 鉄球をかいくぐりながら、蓮は天竜へと間合いをぐんぐんと詰めていった。蓮の動体視力もそうだが、天竜は蹴られたショックからか、鉄球操作の精彩を欠いている。そのために、普段よりもすいすいと、蓮は天竜へと近づいていった。


「……来るなあああああああああ!」


 そして、天竜まで残り5mほどになったところで、天竜の鉄球が蓮を両側から挟むように飛来する。

 それに両拳をぶち当てると、鉄球は2つとも、粉々に砕け散った。


「……なっ!」


 天竜が驚くと同時に、蓮はもう、彼との間合いを詰め切っていた。自分よりも背が高い

天竜を飛び越えるほどの跳躍とともに、蓮は天竜の鉄仮面を掴む。


「な、何をする気だ!? やめ――――――」

「……ごっこ遊びは、もう終わりだよ」


 そして鉄仮面に対し、強烈な膝蹴りを放った。


「――――――ぐああああああああああっ!」


 天竜の鉄仮面に大きな亀裂が入り、砕け散る。


 それと同時に、甲高い悲鳴がESPホール内に響き渡った。

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