16-ⅩⅩⅩⅩⅠ ~英雄症候群~
「……伽藍洞くん、生徒会長の決闘で死ぬつもりかもしれない」
蓮がそのことを中村から聞いたのは、最後の決闘の前に病室へと見舞いに行った時の事である。
「……何?」
蓮もこの時点で、ゼロの能力を正確に把握していた話ではない。あくまでゼロ本人からは、「エネルギーを蓄積させて、攻撃や回復を行う」としか認識していなかった。
フルチャージに寿命を消費するというのは、中村から聞いた話だったのである。
「紅羽くん……頼みがある」
「何だよ」
「伽藍洞くんが、もし本当に自分の命を捨てるつもりで戦うんだったら……彼を、止めてほしいんだ」
動けない中村は、見舞いのフルーツのバナナを頬張っている蓮をじっと見据えた。
「彼は僕たちのリーダーだ。本人がどう思っていようと、自分を犠牲にするなんて、良くないよ」
「……ま、そりゃそうだな」
蓮もそこには同意見である。命を張って、玉砕覚悟で、特攻……なんていうのは、不良界隈でもよくあることだ。そして、それらすべからく、蓮は嫌いである。本人は自分が不良だとあんまり思っていないところもあるからだ。
「……わかった。もしそうなりそうなら、俺が何とかしてやる」
「本当かい?」
「ああ。だがまあ、アイツも強情だろうしな。その辺は、多少尊重する」
「それって、どれくらい……?」
中村の問いかけに、蓮はふむ、と少し考えた。
「――――――譲歩して、10年が限度だな」
そして、ゼロとミチルの戦いの舞台の下。
モニターに映る試合の中、蓮はずっとゼロの能力発動を数えていた。
最初の回復は、ずっと貯めていたのであろうチャージだったので、カウントせず。
それから、ミチルの攻撃を食らい、回復するたびに、カウントは1ずつ増える。そしてそのたびに、彼の寿命は1年減っていく。――――――それを会場内で知っていたのは、ゼロ本人と蓮だけである。
(……殴り合うなよ、数えづらいな!)
なので、ゼロとミチルのインファイトが始まった時は、正直焦った。あまりにも攻撃と回復の頻度が多すぎて、止めるラインが見極めづらくなる。
それでも何とか回復しているのとしていないのを見分けて、とうとう最後の一撃が放たれそうになる。それは、ゼロが回復ではなく、初めて攻撃にチャージを使おうとしたときであった。
正直、申し訳ないと思う。せっかく、見つけたチャンスだったんだろうしな。活かさせてやりたいという気持ちも、ちょっとはあったよ。男の意地ってのもあったろうしな。
――――――だが、悲しいことに、それは11年目なんだ。消費させるわけには、行かないんだよ。
そうして舞台下から一瞬で、蓮はゼロを蹴り飛ばしたわけだ。
*****
『まあ、それで試合を中断させた理由はわかったよ』
『でもあんな演技、必要あったのか?』
『それが必要あったんですよ。……伽藍洞くんのためにね』
アザト・クローツェと悪の組織の首魁との会話は、蓮の指折りに発展していた。ゼロを力づくで止めたのはわかったが、そのゼロを人質にした理由がわからない。
アザト・クローツェは再び連投で、説明を始めた。
『ミチルさんは、典型的な『英雄症候群』でした』
『それを治すために、彼女のヒーロー性を潰すことにしたんです』
『卑怯な手段で負けを認めさせる』
『ヒーローとしてのプライドはズタボロでしょう』
英雄症候群、というのはなかなかに治療が難しい病だ。なんといっても「力と正義感を持つ者が発症する」病気だから。
力を持っている者は、大体がその力を持った意味を考えがちである。本当は、力を持った理由なんてただの運と巡り合わせに過ぎないだけなのに。
そんな人たちは大抵、平凡な生活を望むとか口で宣いながら非日常へと首を突っ込んでいくものなのだ。
『別に悪いってわけじゃないんですけどね。そういう人って、大抵利用されちゃうんですよ』
『ね?』
アザト・クローツェの問いかけに、グループラインの面々は「激しく同意」のスタンプを送ってきた。
何しろ、「雷霆」がここにいる目的は他でもない、そんな英雄症候群の若者を、自分たちの組織へと引き込むために来ているのだから。
――――――世界征服を企む、悪の組織へと。
*****
伽藍洞是魯は彩湖学園のバックに悪の組織がいることなど、知りはしなかったろう。ただただ単純に、ミチルが悪い奴に利用されやすい性格だから、という老婆心から、この革命を企てていた。
結論として、その発想は正しかったということになる。あくまで結果論だが。
『伽藍洞くんの計画では、この後負けてメンタルボロボロの彼女を説得して』
『自主退学に追い込むつもりだったそうです』
『ガバガバだな、急に』
『きっとそういう風にできるという自信があったんだろうな』
悪の組織の首魁たちの勝手な想像だが、ミチルはきっと一度折れると簡単に御せてしまう性格なのだろう。……というか、彼らが今まで利用してきた英雄症候群の者たちは、大概そうである。
そう言ったタイプの人間は、自分を支えるアイデンティティが自分の能力の強さしかない。それをへし折られてしまうと、一気に自分の方向性を見失ってしまうのだ。いわゆる「闇堕ち」という奴である。
そしてそういった者を悪に染まらせることに、組織は長けている。プロの悪い奴は、闇堕ちのノウハウもしっかりしているのだ。
『
『うちの団体は政治家専門だからな。むしろそんな奴しかおらん』
『まあ、後は学園側との折り合いでしょうね。彼女の退学も、学園が認めないことにはどうにもならないでしょう』
アザト・クローツェはそう言うが、それが一番ハードルが高い。何しろ学園内最高峰のESPを持つ生徒会長。それの退学など、果たして認められるだろうか?
『それがダメなら、蓮ちゃんが悪役かぶった意味ないだろ!』
『いや、どうでしょうね。僕の考えだとむしろ……』
アザト・クローツェはコメントとスタンプを、グループラインに同時に流した。
『蓮さん、もう、彩湖学園自体を潰す気なんじゃないかな?』
スタンプでは、黒い人型のシルエットが、肩を竦めて「やれやれ」ポーズを取っていた。
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