16-ⅩⅩⅩⅩ ~伽藍洞の満たし方~

『……こ……』


 蓮に対して頭をまっすぐ下げるミチルに対し、会場の全員は言葉を失っていた。だが、少しして、ようやく口を開いたのは、実況の放送部である。


『――――――この、卑怯者ぉ―――――――っ!!』


 盛大な叫びとともに、観衆たちからも、盛大なブーイングが巻き起こる。それは、ミチルとも互角とは言わないまでも、健闘をしていたゼロの戦いぶりを見ていたことも起因した。そんな彼を人質にして無傷の勝利を収めた蓮に対し、観客たちの怒りは最高潮に達していたのだ。


「死ねえ――――――っ!!」

「この恥知らず――――――っ!」


 ブー! ブー! と大ブーイングが巻き起こり、我慢できなかったのか蓮へと向けて、色んなものが投げつけられる。それらは、すべてバリアに阻まれていた。


 VIPルームにいる面々も、あまりの事に騒然としている。


「こんな形で、あの湯木渡ゆきわたりが負けるとは……」

「あの紅羽あかばという男子、かなりの遣り手ね」


 その中で一人、『雷霆』だけは、手を叩いて笑っていた。


「あ――――――はっはっはっはっはっはっは! 傑作だな、これは!」

『蓮さん、名演技だったでしょう? 急ピッチで稽古した割には』

『やっぱり貴様の演出かぁ!! 一体あの子に何やらせてんだ!?』


 スマホのライン上で、悪の組織の首魁たちも大いに盛り上がっている。そこには、蓮の一連の行動の裏が語られていた。


『まあまあ。これ、蓮さんからのお願いでもあったんですよ?』

『あ? 蓮ちゃんが?』

『語ると長くなるのですが、まずはですね……』


 ラインで語ると長くなるので、アザト・クローツェは、短文ラインを連投する形で語り始めた。


******


 蓮に対する一大ブーイングは、ESPホールだけに留まらない。

 決闘をテレビ中継している、学園内の敷地でも、蓮の卑怯極まりない勝ち方には、大顰蹙が起こっていた。

 それは、負傷した生徒たちが入院している病院でも、同じことだった。


「信じられねえ、何なんだアイツは!」

「人間のクズよ! 最低だわ!」


 患者から看護師に至るまでのあらゆる人物が、蓮を嫌悪し、顔をしかめる。


 ――――――そんな中、一人の生徒だけは、涙を流していた。


 個室に入院している、1―Gの生徒の中村である。彼は目元を押さえて、嗚咽を漏らしていた。


「……紅羽くん……ありがとう……!」


 嗚咽に阻まれながらも彼が絞り出したのは、心の底からの言葉だった。


******


「……やかましい連中だな、どいつもこいつも」

「……約束だぞ。早く、ゼロを放せ」

「おう、そうだな」


 舞台上にいた蓮は首を押さえていたゼロを、ミチルの方へと突き飛ばした。ミチルは一瞬ぎょっとしたが、そのまま気を失っている彼を受け止める。


「ゼロ!」

「そいつを連れてとっとと失せろ。テメエに用はねえんだよ」


 しっしっ、と手で追いやる仕草に、ミチルは蓮を睨みつける。だが、蓮の表情は依然として、不機嫌そうなままだった。

 いずれにせよ、ミチルには彼には勝てない。それは、彼女自身がよくわかっている。

 渾身のフェイズ3の一撃を見舞ったにもかかわらず、目の前の男はピンピンしている。彼女は知る由もないが、蓮は10兆分の1まで弱体化してなお、日本を滅ぼすほどの脅威を誇る。たかだか100万倍の特攻を持った女子高生の攻撃など、到底効くはずもない。


 結局彼女は、苦々しい表情とともに、ゼロを背負って舞台を降りることしかできなかった。


「ああ、そうだ。最後に一つ」

「……何だ?」

「そのバカに言っとけ。、ってな」


 言っている意味が、全く分からない。ミチルは何も反応せず、ただゼロを背負って舞台を降りた。彼はこのまま、病院へと連れていかれるだろう。


 それで、いい。


 蓮はため息をつくと、舞台の下へと消えていくゼロの背中を見送った。


(……全く、世話の焼けるやつだぜ、ホントによ)


******


『伽藍洞くんのESPの正体はですね、『チャージ』なんですよ』

『なんだそれ?』


 安里も蓮からのまた聞きなのだが。


 ゼロは身体に少しずつ、エネルギーを蓄積させることができる。それが、彼の異能だ。そして、もちろんその異能は、ただ蓄積させるだけではない。


『攻撃はもちろん、受けたダメージを一瞬で回復することもできる』

『生徒会長の攻撃のダメージも』

『それで回復したんですねー』


 だからこそ、ゼロは倒れずに戦い続けることができたのだ。ミチルのESPはあくまで特攻が乗るだけであり、防御は一般的な身体強化と大差ない。なので倒れさえしなければ、ケンカは十分に成立するのである。――――――それでも、かなり無茶苦茶な捨て身であることには間違いないが。


『それにしてもその『チャージ』という能力、そんなに便利ならもっとクラスが上でもいいと思うがな』

『問題はそこです』


 とある悪の組織の首魁の疑問に対し、アザト・クローツェは解説を続ける。


『彼の『チャージ』、燃費が異常に悪いんですよ。なんでも、100%貯めるのに、丸一年かかるんですって』

『しかもチャージしたエネルギーって、使なんです』

『ちょっと使って残しとく、とかできないみたいで』


 なので、一度回復などに使ってしまうと、もうエネルギーは残らない。100か0か、扱いの難しいESPであることは間違いなかった。


『……だとしたら、おかしいな』

『ですよね? 雷霆さん』

『アイツ、試合中に回復していたよな?』


 ゼロはミチルとの戦いで、何度も身体が破壊されるような一撃を受けていたが、そのたびに回復していた。アザト・クローツェの話では、回復できるのは一度きりのはずだが。


『その通り。伽藍洞くんがストックしていたエネルギーを使ったのは、最初だけです。その後からは、彼はを使っていました』

『裏技だと?』


『自分の寿命を一年削ることで、一気に100%までチャージすることができたんですよ』


 つまりは、文字通り命を削って、ゼロはミチルと闘っていた。


 蓮が彼を蹴り飛ばして止めなければ、ゼロは寿命を使い果たして死んでいたのだ。

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