16-ⅩⅩⅩⅨ ~ヒーローの記憶~

 あまりの事に、ミチルは開いた口が塞がらない。


「な、何を言ってるんだ……!?」

「聞こえなかったのかよ。コイツの命が惜しけりゃ、テメェが負けろっつってんだよ」


 蓮はさも面倒くさそうに頭を掻きながら、なおかつゼロの首に当てた腕を放すことはない。

 蓮の怪力は、この場にいる誰しもが知っていることだ。そんな彼の力であれば、一瞬力を籠めるだけで、ゼロの首の骨を粉々に砕くことも容易に可能であることも。

 それゆえに、絶句してしまったのだ。今まで少なくとも(ルール上は)クリーンに戦ってきた蓮が、人質などという卑怯極まりない手段を取っていることに。


「……ふざけるな! できるわけないだろう、そんなの!」

「ああ、そう。じゃあその気になるようにしてやるよ」


 蓮を睨むミチルに対し、彼はゼロのだらん、と下がった左腕を持ち上げて見せる。


「……何をする気だ?」

「今からお前が「参りました」って言うまで、コイツの骨を1本ずつへし折っていく。まずは、小指な」


 そして、ゼロの左手の小指の第1関節をつまむと。


 わざとわかりやすいように、指を反対方向に曲げた。


 舞台の収音マイクは「ボキッ」という嫌な音を拾い、モニターは骨が折れる瞬間を抜き取ってしまう。


「……う、嘘……?」

「ほ、本当に……!!」


 観客たちは音と光景から、ありありとイメージしてしまった。左の小指の関節を潰され、そのままあらぬ方向へと、指が曲げられてしまう激痛を。想起してしまった生徒のうち、何名かは顔をしかめてしまう。


「……紅羽……! 貴様……!」

「脅しじゃねえってわかったろ。じゃ、次な」


 蓮はノータイムで、次の骨をへし折りにかかる。ミチルが「待った」をかけるよりも早く、左薬指も折ってしまった。


「次」

「待て! やめろ!」


 ボキッ。


「頼む、頼む、やめてくれ……!」


 ボキッ。


「……やめろと、言ってるだろぉ!」


 ミチルは駆けだし、そのまま蓮の顔面を殴る。一切の容赦なし、。最後の条件は、「赤い髪」。

「男性」・「不良」・「赤い髪」に該当する蓮に対し、彼女の『特攻スレイヤー』は最大倍率となる。その威力は、フェイズ2のさらに1000倍。つまりは、一撃に1000000倍の倍率が乗ることになる。


 そんな100万倍のパンチが、蓮の顔面へと突き刺さった。


 ――――――ボキッ。


 パンチ直撃の直後、骨が折れる音がする。顔面を殴られた蓮の頭蓋骨が砕ける音――――――などではない。ゼロの、最後の左手の指――――――親指の骨が、折れた音だった。


「……え……」

「あーあ。左の指全部折れちまった。じゃ、次は右な」


 パンチを食らった蓮の顔面は、傷一つついていない。平然とミチルの拳をくっつけたまま、蓮はゼロの右手に手をかける。放られた左手の指は、見るも無残に腫れてあちらこちらの方向へと曲がっていた。


「……ば、バカな……!」

「じゃあ、右手も小指からにするか」


 そうして蓮が右の小指をつまむ。


「やめ……!」


 蓮を止めようとするミチルの目に、その時。


 蓮の右腕に首を捉えられたゼロの顔が、飛び込んできた。


******


 ―――――それは、いつ頃のことだったろうか。

 ゼロとミチルは、同じ武術の格闘道場に通っていた。古武術の流派で、近所のおじいちゃんが己の腕を自慢しつつ、あわよくば月謝も取ろうという邪な考えの道場だったが、門下生はそこそこに集まっていた。

 当時優秀と言われていたのはゼロの方で、何を隠そうミチルも、ゼロを追いかけるように道場の門を叩いたのだ。


 元々引っ込み思案だった彼女を引っ張っていたのはゼロであり、彼の背中を追いかけていた。いつもゼロにくっついていた彼女は、同世代の女の子よりも、ゼロの友人の男の子と遊ぶことが多かった。


 遊びの内容は、子供のころに流行っていたヒーローもののごっこ遊びである。


「正義のヒーロー、『ガンバルマン』参上!」

「出たなガンバルマン! ふっふっふ、この人質が目に入らぬか!」

「助けてえ、ガンバルマン!」


 ヒーローごっこのミチルの役柄は、いつもこぞってヒーローに助けられる人質の女の子。そして彼女を助けるヒーローは、他でもないゼロが担当していた。


「――――――人質なんて、卑怯だぞ!」

「フハハハハ、バカめ! ヒーローである貴様に、人質がいては手も足も出まい!」

「私のことは気にしないで戦って! ガンバルマァン!」


 極めて演技の乗った涙目で、ミチルはゼロに向かって叫ぶ。しかしガンバルマンは、地っと人質を見やり、緩やかに構えを解いた。


「……人質がいては、闘えない……!」

「はははははははは! さすがのヒーローも、手も足も出ないか! はっはっはっはっは!」


 悪役の少年が高笑いする。このエピソードはついこの間テレビでやっていた話で、人質を取られたガンバルマンがヒーローの変身アイテムを失ってしまう話だ。

 ともあれ、最終的には人質が自ら悪の手から脱出し、変身アイテムを取り戻したガンバルマンが敵をやっつけて終わり、というハッピーエンドである。


 このごっこ遊びも、悪役の少年から逃げたミチルがゼロの元へ駆け寄り、ゼロが悪役を倒した。そして、変身アイテムを取り戻してくれたミチルにお礼を言う。


「――――――ありがとう。僕たちヒーローは、君たちがいなければヒーローにはなれないんだ。君たちを守るためなら、僕は喜んでヒーローも辞めるとも」


 だが、また誰かが助けを求めるなら、ヒーローは必ずや立ち上がる。


 ドラマの終わりは、ガンバルマンの宣言と背中を、夕陽をバックに鮮やかに映していた。


******


 ――――――脳裏によぎる、そんな記憶。そして、今現在人質にされているゼロ。


 ミチルの腹は決まった。


 それは、蓮がゼロの右小指をいよいよへし折ろうとしていた時だった。


「――――――やめて、くれ……。わかった、から……」

「あん?」


 聞き返す蓮に対し、ミチルは閉目して答える。


「私の負けで良い。……だから、彼を放してくれ……」

「……もっとはっきりと言ってもらおうか」


 蓮の言葉に、ミチルはとうとう――――――彼に対して、まっすぐに頭を下げた。


「――――――参りました。この勝負……私の負けだ……!」


 目をぎゅっとつぶる彼女の目から、たまらず涙があふれ出る。


 それは、生徒会長せいぎ紅羽蓮あくに、屈した瞬間だった。

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