16-ⅩⅩⅩⅧ ~敗者の便利な使い方~


「……なっ……!?」

『なっ……!?』


 会場にいる全員が、思わず目を疑ってしまった。

 味方であるはずの紅羽蓮が、代表のゼロを蹴り飛ばしてしまったのだから。


(……ゼロ……)


 ミチルは、舞台の角で倒れているゼロをちらりと見やる。

 さっきまで自分の猛攻を、どういう理屈か即座に回復していたはずなのに。一撃のダメージだけなら自分の方が上だという感覚だが、それでもゼロは立ち上がることはなかった。


(……一撃で、意識を刈り取られているのか……!?)


 ゼロは白目を剥き、ぴくぴくと痙攣している。回復する意識すら保てずに気を失ってしまったのだろう。


「……お前、一体……どういうつもりだ……?」

「あ? 見てりゃ分かるよ、アイツの負けだ、負け」


 蓮は適当に言い放つと、ミチルをじろりと睨む。


「これ以上やったって、アイツじゃお前には勝てねえ。……やるだけ、時間の無駄だ」

「なっ……!」


 ミチルの頭に、どういうわけか血が上る。


「……確かに、ゼロは私には、勝てなかったかもしれない。でも、その戦いをこんな価値で踏みにじるのは、感心しないな……!」


 ミチルの身体からは、依然としてESPのオーラがあふれ出る。それは、ゼロとの戦いを経た今であっても、全く衰えることはなく、むしろ膨れ上がるほどだった。それほどまでに、彼女は蓮に対し、強い怒りを感じていたのだ。


『……あ、あの……!』


 実況は口を挟もうとするが、できない。ミチルの威圧感もそうだが、それに全く動じずに彼女を見やる蓮のプレッシャーが、実況の声を喉で押しとどめていた。


「……だったら、どうする? 試合再開なんてできねえぞ? 肝心のコイツが……これだしな」


 蓮はつかつかとゼロの方へと歩いていくと、うつぶせで倒れている彼の背中を踏んづけた。その瞬間、ミチルの顔が、クワっと険しくなる。。


「……貴様……!」

「どうするってんだ? あ? おい。……テメエに聞いてんだよ、実況!」 


 ギロリと睨む視線が、ミチルから実況へと移った。その瞬間、実況の喉にたまっていた唾液は急速に干上がり、声を出すことすら困難になる。

 ただ睨まれて声を張られただけなのに、首を絞められたようになってしまった。


『……あ……ひ……っ!』

「……喋れねえなら、頷くなりなんなりしろ。ゼロの負け、でいいな?」


 蓮の言葉に、実況はゆっくりと頷くしかない。


「……だ、そうだ。つーわけで、次は俺の番な」

「……そんなに私と闘いたかったのか?」

「そんなわけねーだろ。とっとと終わらしてえんだよ、こっちは」

「だったら、ゼロに初戦を任せず、お前が出れば良かったじゃないか……!」

「コイツがお前は何とかするって言うからな。仕方なくだよ」


 まあ、その結果このざまだがな、と蓮は一言吐き捨てる。ミチルはそんな蓮に対し、ファイティングポーズを取った。


「……いいだろう、だったら早く終わらせてやる。お前を倒してな!」


 構えると同時、彼女の身体から凄まじいほどのESPがあふれ出した。発されたESPの衝撃で、バリアが大きく揺れる。


 だが、蓮はゼロを踏んづけたまま、ピクリとも動かない。


「……どうした。早く始めたいんじゃないのか」

「……いや、とっとと終わらせるのに、もっといい方法がある」


 蓮はそう言い、足元にいるゼロの襟をひっつかんで持ち上げる。


「……なっ……!?」


 目の前で蓮が取った行為に、ミチルは驚きを隠せなかった。


 彼はゼロの首を右腕で軽く締め、左手を頭に当てる。

 その姿勢はいとも簡単に、彼の首をへし折ることができるようになっていた。


「――――――テメエが棄権しろ。幼馴染の命が惜しけりゃな」


 彼はあろうことか、自分のチームメイトを人質にしたのだ。

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