16-ⅩⅩⅩⅦ ~激闘断つ一閃~

『……えー、手元の資料によりますと、生徒会長のESPの『特攻』は、フェイズが進むごとに指数関数的に上がっていくそうです。フェイズ2の特攻威力は……何と、1000倍!』

「……え、1000倍!?」


 観客たちがざわめく中、ミチルはまっすぐにゼロを見据えて、拳を握っている。武器の木刀は落としてしまったので、彼女も徒手空拳のスタイルだ。


 そしてその構えは、奇しくもゼロとそっくりであった。


「……こうなった以上、もう容赦はできないぞ」


 そう呟いた途端、ミチルの姿が舞台上から消える。


「――――――がはっ!」


 同時に、ゼロの身体が舞台の中央から、一気に端へと吹き飛ばされる。いつの間にやら、ゼロとの間合いを詰めたかミチルの回し蹴りが、彼を蹴り飛ばしたのだ。


「……くっ!」


 吹き飛んだゼロが何とか舞台上で踏ん張ると同時、ミチルの正拳突きが彼を突き刺そうとする。


「――――――ふっ!」


 放たれたミチルの拳を、ゼロはとっさに手で軌道を逸らす。ゼロに向かって放たれた拳圧は、バリアを貫通せんとばかりに激しく揺らした。


「う、うわあああああ!」


 ビリビリと揺れ、バリアが軋む気配に、観客たちは恐怖を感じた。何せ、今の一撃はミチルのフェイズ2。そして、フェイズはまだ1つ残っている。


 そして、今フェイズ2を使っている相手は、いわゆる前座である伽藍洞がらんどう是魯ぜろなのだ。つまり、この後に控えている紅羽蓮との戦いは、フェイズ3になる可能性が高い。


 そうなったら、果たしてこの会場がつかどうか。


「はあああああああっ!」

「ぐおおおおおおおっ!」


 そんな観客たちの心配もものともせず、ミチルは猛攻を続け、ゼロはそれをギリギリで躱し続けている。


「……ぐ、このっ!」


 突き出された蹴りを紙一重でかわすと、ゼロはそのままミチルを放り投げようとした。

 だが、それを読んでいたかのように、ミチルもその体勢のまま、軸足で跳ぶ。


「うぐっ!?」

「はああああああああっ!」


 とんだ軸足をそのまま、ゼロの胸へと叩きこむ。特攻1000倍の威力のキックが、ミシミシと彼の胸骨を軋ませる感触を、確かにミチルは感じた。


「……がはっ!」


 ゼロは盛大に口から血を吐き出し、膝をつく。ミチルは空中で一回転しながら手を着くと、華麗に着地した。スカートではあったが、彼女は中にスパッツも履いている。恥ずかしがる必要はない。


「……終わりだ。まともに入ったろう。降参しろ」


 手で長い髪を梳きながら、ミチルはゼロに冷たく言い放つ。


「お前ごときでは、私には勝てないよ」


 そのまま背を向けて、彼女は舞台の中央へと戻ろうとする。次の対戦相手である紅羽蓮を待つためだった。


 だが。


「……だ、れ、が……!」

「……?」


 気のせいか、ゼロの声がした。バカな。今の一撃、恐らく呼吸器官に相当のダメージが入ったはずだ。言葉を発するはおろか、息をするのもキツいはず。……もちろん、完全に心肺機能を停止させるほどの無情さは、流石にないが。


 そう思いつつ振り向くと――――――ミチルは、目を見開いた。


「……嘘……!?」


 ゼロが、立っていたのだ。それも、ファイティングポーズを取り、死んでいない目で。


「……誰が、降参なんぞするかよ……!」


 口から血を流しながらも、ゼロの姿勢はみるみる背筋を伸ばしていく。

 そしてまるでダメージなどないかのように突っ込んでくると、ミチルのボディに拳が突き刺さった。


「がはっ……!」

「――――――いくら特攻が強かろうとなぁ、防御は普通と変わらねえだろ、お前は!」


 そして、肘鉄を顔面に叩き込む。完全に虚を突いた一撃だったが、しかしそれは防がれた。とっさに、交差された腕に防がれたのだ。

 そのまま両腕で肘を払うと、そのままミチルは、両手の平でゼロの両肩を突いた。傍から見ればただ肩に手を当てただけだが、フェイズ2の特攻が乗った掌底は、肩関節を破壊するには十分すぎる威力を誇る。


 そして、その攻撃を受けたゼロの両肩も、跡形もなく吹き飛ぶはずだった。


(……っ!!)



 その瞬間、ミチルは悟る。破壊をできていないわけではない。攻撃自体は、間違いなく通っている。


 しかし、攻撃が通ったそばから、破壊した肩の骨が元に戻っていく感触も、同時に彼女の手に伝わってきたのだ。


「まさか……!」

「……そのまさかだよ!」


 ゼロは突っ張られた腕などお構いなしに、ミチルへ頭突きを放った。額同士がぶつかり合い、目の奥に火花が散る。


「……ぐあああっ!」


 ミチルの額が裂け、赤い血が噴き出る。それはゼロも同様であったが、ここで過去の出血経験の差が出た。

 ミチルは咄嗟の出血に対応できず、目に血が入ってしまったのだ。一方でゼロは、額の出血は目に入る可能性を想定し、すぐに血を止める。ポケットに、血止め用の布切れを忍ばせていたのだ。


「隙だらけだぞ、生徒会長ぉ!」


 ここぞとばかりに、ゼロはミチルに対し猛攻を仕掛ける。視力が弱っている今が、彼の攻められる唯一にして最大のチャンスであることは、彼自身がよくわかっていた。


「……っ! なめるなぁ!」

『おおっと、伽藍洞くん果敢に攻めこむ! ですが、生徒会長も負けていません!』


 アクシデントにも負けず、ミチルはゼロのの攻撃を捌くと、カウンターの攻撃を決めていく。一撃で全身がばらばらになりそうな一撃を食らいながらも、ゼロは瞬時に回復し、そのまま攻める手を止めなかった。


『は、激しい……! なんて激しい攻撃の応酬なのでしょう! こんな肉弾戦の決闘は、私も見たことがありません……!』


 今までのミチルの戦いとは大きく異なる戦い方に、観客は茫然としていた。

 何しろ今までは、遠距離攻撃を得意とする異能者相手に、攻撃を華麗にかいくぐって強烈な一撃を叩きこんで勝利する。そんな戦闘スタイルを得意とし、勝利を重ねてきたのだ。それが今は、雄たけびを上げながら血みどろの肉弾戦を繰り広げている。しかも、1―Gのクズ相手に。


「……この、クズがああああああっ!」


 空中で回転しての回し蹴りが、ゼロの左肩へ深々と叩きこまれる。ミシミシと骨と肉が軋み、砕けて――――――そしてまた、再生していく。


 ゼロも著しく出血しているが、それでもミチルへの視線を切らすことはない。砕ける身体を立ち直らせ、まっすぐに拳を握る。


 その拳に宿る力に、ミチルの全身がざわめいた。


(……何だ!? この一撃……今までのものとは、違う……!?)


 数々の戦いを勝ち抜いてきた経験則か、そう確信させる何かを、幼馴染の拳から、彼女は感じ取った。


(……これは、もう……!)


 使うしかない。そう意を決したミチルは、全身から放たれるESPを、さらに強めていく。


(……――――――!)


 ゼロの決死の一撃に対抗すべく、ミチルはその力を最大に開放しようとして――――――。


「――――――そこまでだ」

「――――――がはっ!?」


 舞台の下から超高速で跳んできた、紅羽蓮の跳び蹴りによって。


 ――――――伽藍洞是魯は、舞台の端へと吹き飛ばされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る