16-ⅩⅩⅩⅤ ~第1試合・開始~

「……一体どういうつもりだ?」

「あ? こっちがどう出ようが、こっちの勝手だろ」


 ニヤリと笑うゼロに対し、ミチルは彼をきっと睨みつける。彼女が予想していた選出とは、全く違ったからだ。

 定石通りなら、紅羽蓮が最初から出るに決まっている。だからこそ、学園最強の生徒会長であるミチル自身が先陣を切ることにしたのだ。


 そんな彼女の考えを、ゼロは読み切っていた。


「お前、意外と単純だもんな」

「……後悔するぞ。私が用があるのは、紅羽蓮なんだ。お前じゃない」


 ミチルの手には、木刀が握られていた。彼女が本気で戦うときの獲物は、いつも木刀であることを、ゼロは知っている。そして、その木刀の切っ先は、ゼロに向けられた。


「手加減する余裕はない。お前相手にてこずるわけにも、行かないからな」


 木刀を突き付けたミチルの仕草に、会場は大いに盛り上がった。


「ミチル様―――――――っ!!」

「そんなザコ、さっさと片付けちゃってくださぁい!」

「ザコが、とっとと引っ込め――――――!」

「紅羽の金魚の糞のクズが、邪魔なんだよぉ!!」


 ゼロへのブーイングもあり、会場の空気は完全にアウェイだ。まあ、元々アウェイだったのだが、その空気がさらに強まっていた。


「……今なら棄権して、紅羽に交代するのも認めてやるぞ?」

「はっ。バカ言え」


 突きつけられた木刀に対し、ゼロは迷うことなくファイティングポーズを取った。


「ずいぶん久しぶりにお前とケンカできるんだ。ワクワクしねえわけがねえ!」

「……不良だな。目も当てられん」


 両者、構えは取った。あとは、始まりを待つのみ。


『……それでは、第1試合、開始ですっ!!』


 実況の掛け声とともに、けたたましいブザーの音が、会場に鳴り響いた。


******


「……一撃で終わらせてやろう。お前を相手にしている時間も余力もない!」


 ミチルの全身から、ESPがあふれ出る。本人はあまり力を振り絞っている感じはないのだろうが、それでも一般の生徒からすれば圧倒的な量だ。それが、湯木渡ミチルが生徒会長として君臨できる理由でもある。


「――――――、『男性』」


 ミチルが呟くと、木刀に収束したオーラが赤く光り出した。それと同時、ミチルは一瞬でゼロへと向かい、間合いを詰める。


「はあああああああっ!!」


 強力なESPを纏った一撃が、ゼロの脳天へと叩きつけられた。


「うううううううっ!」


 観客たちは、思わず顔を覆う。観客席はバリアで守られているはずなのだが、それでもわずかに、伝播した衝撃が彼らの顔にも伝わってくる。

 その威力を間近で食らったゼロは、一体どうなっているだろうか。


恐らく、五体のいずれか、無事では済まないだろう。最も有力なのは、脳天が勝ち割られていることだ。あまりにも凄惨な光景を想定して、何人かの女子生徒は、目を覆っている。


 ――――――そして、そんな女子生徒が恐る恐る会場を見やると。


「……え?」


 そこに、彼女たち観客が想定しているような状態など、ありはしなかった。


「……なっ……!?」


 木刀を叩きつけたミチル自身も、驚きを隠せないでいる。木刀からは、ぽたぽたと血がこぼれ落ちていた。その血は間違いなく、ゼロの血である。

 しかしそれは、脳天を勝ち割ったものによる血ではない。


 振り下ろされた木刀は、ゼロの右手にしっかり握られていた。受け止めた衝撃から、ゼロの手の平からは血がこぼれ落ちている。


「……あんまなめんじゃねえぞ、ミチル……」


 木刀を動かそうとする彼女に対し、ゼロはじろりと、彼女を睨みつける。


「――――――たかだかフェイズ1で、俺に勝てると思うなよ?」


 木刀を振り払うと、ゼロはミチルに向け、そのままこぶしを放った。


「――――――おらぁあっ!!」

「くっ!」


 ミチルも咄嗟に腕でガードし、数歩後ろに下がる。本当に数歩、多々良を踏んだだけだったが、それでも、無敵の生徒会長が、わずかに後退した。


「ゼロ……! お前……!」

「こちとら、鬼河原の下らねえ授業サボって、ずっと修行してんだよ……お前に、勝つためにな!」


 そう言い、ゼロは制服の上を脱ぎ捨てる。


「……へぇ」


 その姿に、舞台下の蓮は思わず声を漏らした。観戦用のモニターには、見事に鍛え抜かれた肉体が映っている。


「俺はこの学園に入る前から……腕立て・腹筋・背筋・スクワット……! 毎日300回、サボったことは1度もねえ!」


 右のこぶしから血を流しながら、ゼロは高らかに叫ぶ。


 会場の誰もが、その姿に罵倒の言葉を失っていた。

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