16-ⅩⅩⅩⅢ ~選手入場~

『――――――会場にお越しの皆様、いよいよです! いよいよ、この彩湖学園の運命を懸けた、最後の戦いが始まろうとしています!』


 決闘の会場、ESPドームには、満員以上の観客が集まっていた。収容人数は1000人ほど。学生約840人に加え、学園内の従業員。それに加えて――――――。


「……もうすぐ、始まりますヨ。皆さま」


 観客席の最上部、VIPルーム。そこではワイングラスを回しながら、チャールズ・ヴァンデランが会場を見下ろしていた。

 そして、そこにいるのは、彼の秘書。そして……。


「まさか、あの底辺のクズどもが、ここまでやるとはな」

「私としては、S4が行方不明になってしまったことが、残念でならないのだがなあ。あのイケメンたち、私のそばにおいて可愛がってやりたかったのだが」


 いかにも金持ち、と言わんばかりの高級スーツに身を包んだ方々が、各々好きな酒を煽りながら、チャールズと同様に会場を見下ろしている。

 彼らはこの彩湖学園のスポンサーである方々だ。学園の運営、資金の問題に協力してもらう代わりに、優秀な生徒の卒業後の面倒を見てもらっている。


「……貴方はどうですカ? ミスター・


 その奥でウィスキーをボトルで飲むVIPに対し、チャールズは尋ねる。「雷霆

」と呼ばれた男は一気にウィスキーを飲み干すと、ニヤリと笑った。


「正直、始まる前から面白くてたまらんよ」

「おや? ミスター。さてはもう酔っておられマス?」

「……どうだかな」


 ふぅ、とウィスキーの香る息を吐きながら、「雷霆」はスマホを取り出し、文字を撃ち込み始める。


 グループ名は、『徒歩市怪人友の会』。彼の今の状況をありのままに伝えると、一人は爆笑、一人は発狂。

 そしてもう一人は、「え? 何で俺呼んでくれないの?」という、悲哀の籠ったメッセージだった。


******


『お待たせいたしました! これより、彩湖さいこ学園前代未聞の! 3―A対1―Gによる、代表決闘を開催いたしまぁ――――――す!』


 実況担当が叫ぶと、会場に集まっているギャラリーたちも「ワアアアアアア!」と興奮冷めやらずに叫ぶ。今やこの学校には、病院に入院している生徒以外のほぼ全員が集結していた。


『今までこんなことは、学園始まって以来一度もありませんでした。あの! 最底辺と言われるクラス1! その中の、さらに下! ボトム・オブ・ボトム! そんな彼らが、この学園最高峰へと挑もうとしています……!』


 実況をしているのは、クラス2の放送委員の女子生徒である。彼女は決闘に直接参加はしておらず、その日どうしても外せない用事があったので蓮にシバかれるのを免れたのであった。


『それではっ! いよいよ、最強の挑戦者をご紹介しましょう! 選手、入場――――――っ!』


 その瞬間、決闘舞台に火花が上がり、2人の人影が現れる。


『まずは一人目! 一応、1―Gの代表! だが、これと言って目覚ましい活躍はなし! せいぜい時間稼ぎくらいしかしていない! ゆえに未知数! 伽藍洞がらんどう是魯ぜろ―――――――っ!』


 ゼロの紹介の瞬間、凄まじいブーイングが巻き起こる。会場のほぼ全員が親指を下に掲げ、色々なものを投げつけてくる。

 しかし、観客席と舞台及び入場口の間には特殊なバリアフィールドが張られており、ゼロに当たることはない。


「死ねー!」

「クズ野郎―!」

「金魚の糞が、引っ込めー!」


 様々な罵倒を背に、ゼロは悠然と舞台へと上がる。舞台へと上がった後も、ブーイングは鳴りやまなかった。


『……えー、皆さま。大変盛り上がっているところ恐縮ですが、次の選手の入場です……』


 その瞬間、ブーイングがピタッと止まる。


『……コホン。その強さはまさに一騎当千。あらゆる異能を力でねじ伏せ、並み居る強者を打ち倒し、とうとうこんなところにまで昇りつめてしまいました。……その恐るべきは、無敵の突破力! さながら、彩湖学園を赤く血で染める、彩湖学園のあかい悪魔! ……紅羽あかばれん選手の、入場です……っ!』

「……誰が悪魔だよ、ったく」


 赤い煙の中から、赤いとげとげした髪の男が現れる。観客たちはみな、ブーイングどころか拍手もない。ゼロの入場と違って、蓮の入場は静かなものである。


 それもそうで、蓮の恐ろしさはその場にいる者のほとんどが知っていた。革命で彼と闘った者は、もれなく彼の強さに圧倒されてしまっていた。

 バリアフィールドに隔てられていても、怖いものは怖い。それに、下手に蓮を刺激して怒らせれば、どういう目に遭うか。下手すればバリアを突き破って襲い掛かって来てもおかしくない。


 そして何より、観客たちは全員、わかっていた。


 S4、そして生徒指導の鬼河原おにがわら先生の失踪は、彼が原因であると。病院で蓮がボロボロの彼らを引きずりまわしていたことは、もはや周知の事実であった。


「……何だよ、どいつもこいつも黙っちまって」

「みんな、お前が怖いんだろ」

「そうみてえだな。結局、黙らすにはそれが一番なのかぁ」


 ため息をつきながら、蓮は舞台に上がる。今までの決闘でも、こんな静かな入場は歴史上初めてのことだ。


『……それでは皆様、続いては! 我らが生徒会長、および副会長の入場です!』


 その瞬間、会場内にけたたましいロックの音楽が鳴り響き始めた。蓮たちの入場にはなかった演出である。

 もちろん蓮たちに対する差別的な意味もあるが、それだけではない。蓮が現れたことにより、会場の空気は一気に冷え切ってしまった。それを少しでも盛り上げ、観客のテンションを取り戻すために、どうしても必要だったのである。


『まずは、我らが最強の双角の一人! 鉄仮面の奥は誰も知らず、その真の実力も未知数! 破壊の化身! 天竜てんりゅうぅぅうぅぅぅう、ライカぁぁああぁあ―――――――っ!』


 吹き上がる煙とともに、鋼鉄の仮面をかぶった天竜が、棘付き鉄球を掴んだまま現れた。その瞬間、会場は大いに盛り上がる。


「副会長――――――っ!!」

「あの悪魔を倒してくれ―――――――っ!!」

「私たちの学園を守ってくださぁい!」


 完全に蓮たちは悪役であった。どうやらS4を傷めつけたのも、こっそり蓮の仕業にされているらしい。本当はあの鉄仮面の仕業なのだが。

 天竜は舞台に上がると、蓮たちを見やった。仮面の奥で表情はうかがい知れないが、禍々しいほどの殺気を放っていることはわかる。


「……アイツも、やる気だな」

「そりゃそうだろ」

『そしていよいよあの方の登場です! 在学歴2年で、受けた決闘の数は100を超える! そしていずれも全戦全勝、最強不敗の絶対王者!』


 めちゃめちゃに盛り上げる実況の声に合わせて、会場のボルテージもどんどん上がっていく。


『――――――生徒会長、湯木渡ゆきわたりミチル! いざ、堂々と! 入場ですっ!!』


 その瞬間、会場のテンションはマックスとなる。あまりの歓声に、蓮は顔をしかめて耳を塞いだ。


 いくら何でも盛り上がりすぎだ。アイドルのライブでもあるまいに。

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