16-ⅩⅩⅩⅡ ~決戦の舞台:ESPドーム~
――――――そしてやって来た、決闘の最終日。
蓮は、病院の中村のところに、見舞いに来ていた。
「……いいのかい? こんなところにいて」
「いいんだよ。始まるまで、どうせ俺は暇だしな」
ベッドの中村に対し、蓮はミカンの皮を剥いていた。こういう時はリンゴの皮を剥くのが定石なのだろうが、蓮は包丁さばきが下手だった。なので、手で剥けるみかんにしたわけだ。
「ほら」
「あ、ありがとう」
みかんを中村に手渡し、蓮自身もみかんを口に放り込む。学食で買った冷凍みかんだったが、流石はクラス3の売店で買った冷凍みかん。甘さと酸っぱさのバランスがちょうどよい。
「……やっぱり、美味いな」
「そうだね。……これも、紅羽くんが頑張ってきたおかげだよ」
「別にそんなに頑張ってねえよ」
何だったらここ数年、ろくに頑張ってない。頑張ったと言っても、中村の思っているような頑張りとは大きく違うだろう。せいぜい、もめごとや事件の解決のため、情報を集めるために奔走することだけだ。……それでも大体、安里の使いっ走りだが。
「……負けたら、これも食べられなくなるのかな」
「そんなことねえだろ? 確か、負けたところで都落ちなんてルールねえはずだ」
「それもそうだけど……紅羽くん、他のクラスの生徒、見たことあるかい?」
「他?」
蓮はそう言われて、ふと見舞いのかごに入れたみかんを見やった。そう言えば気にしていなかったが、売店に行ったとき、他の生徒は誰もいない。
あれはみんな、自分のことが怖くて近づいてこないのかと思っていたが。
「……違うのか?」
「違うんだよ。暗黙の了解でさ。決闘で負けた人は、格落ちしているんだよ」
今まで学園内で起こる決闘は、ほとんどが個人の間、複数人の間の問題が原因だった。
クラス単位での決闘は、可能ではあったものの、誰もやろうとは思わなかったのだ。あまりにも、負けた時のリスクが大きすぎる。
「1―Gの中にも、他のクラスから落ちてきた奴はいるんだ。そいつらも、元のクラスにいた時の設備は、一応使えはする。……使おうとは、思わないけどね」
行けば、他クラスの面々からの冷徹な視線に晒されるだろう。敗者の烙印と言うのは、それほどに重い。
だから、蓮がいる時間でなくとも、彼らはクラス3の売店には近づけなかったのだ。相手がどうあれ、1―Gに負けたという事実が、彼らに設備を使わせるのをためらわせるのである。
「……じゃあ、アイツらは、今……」
「今頃食事は、あの味の薄い料理じゃないかな? さすがに作ってるのは違う人だろうけどね」
「……そう考えると、やり切れねえな」
「とはいえ、それも一時的なものになるだろうね。……学園そのものの秩序が、崩壊するだろうから」
「俺らが負けたら、それもなくなるんだろう?」
「本当に負けると思ってる?」
「これっぽっちも」
2人でみかんを食べて、ふっと笑う。
「……なぁ、紅羽」
「うん?」
「伽藍洞くんの、ESPについてなんだけど……」
「――――――ああ、聞いたよ」
「そっか。……じゃあ、頼みがあるんだけど……」
中村の目は、まっすぐに蓮を見据える。
「――――――彼を、守ってあげてくれないか」
******
「中村の奴、どうだった?」
「ピンピンしてたぜ。あと1週間もすりゃ、退院できるだろ」
伽藍洞是魯と合流した蓮は、学園内の大通りを並んで歩いていた。歩いている生徒たちは、いずれも蓮たちを見ると、歩く足を止める。そして、歩き去るのを、立ち止まって見続けていた。
「……やっぱ、有名人だな、俺たち」
「有名だけど、女は近寄ってこねえな」
「紅羽が怖すぎるんだよ!」
「ま、別にいいけどな」
学園の女になんぞ興味はない。何せ、徒歩市には愛が待っている。さっさと二ノ瀬才我を見つけて、彼女の元に戻らなければならない、とは、学園に来てから蓮がずっと考えていることだ。
「どっちにしろ、今日で全部シメーだ」
まっすぐ蓮が見据える先には、巨大な建物。
今回の戦いの舞台である「ESPドーム」と呼ばれるもので、一般的な学校で言う体育館的なものである。その大きさは、体育館とは比較にもならないが。
「……でっけえ建物だな」
「クラス3同士だと、ああいう決闘もあるんだけどな。俺たちは使うことないけど」「
「……へぇ」
「ビビったか?」
ゼロがニヤリと笑うと、蓮はフンと鼻を鳴らした。
「まさか」
そしてジロリと、決闘の舞台を睨みつける。
「……ケンカの舞台にしちゃ、狭いくらいだ」
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