16-ⅩⅩⅨ ~制裁と殺しの重み~

「貴方さえ、貴方さえいなければ……!」


 宮本は、凄みのある目で蓮を見つめる。だが、蓮はじっと、鬼河原を眺めていた。


「……どーやら、あと一人、追加しねえといけねえらしいな」

「は?」


 蓮の言葉に、宮本は首を傾げる。そしてその瞬間に、蓮はもう動いていた。


 ――――――鬼河原の顔面に、強烈なかかと落としが突き刺さったのだ。


「~~~~~~~っ!!」


 鼻骨から顔面が砕け、鬼河原の顔のいたるところから血が飛び出す。それもお構いなしに、蓮は鬼河原を掴むと、ベッドから引きずり出した。


「ぐ、ぐぅ……!」

「せ、先生っ! 貴方、先生をどうする気!?」

「決まってんだろ。S4バカどもと同じだよ。……あの女の前に引っ張って、頭床に擦り付けて謝らせる」


 足の骨が折れてまともに歩くこともできず、さらに今の一撃で顔面が砕けている鬼河原に対し、蓮の視線はひどく冷ややかだ。


「――――――、お前が考えたのか? え? 宮本。違うだろ?」

「……それ、は……!」


 自分を革命から失脚させるために、他の女生徒を犠牲にするなど、同じ女である宮本は考えるだろうか? 答えはノーだ。まともな奴なら、そんなことは考えまい。


 なら、誰が、あんな汚い絵を描いたのか。S4を唆し、女生徒を強姦させた人物。いくらS4だって、所詮は生徒。何の後ろ盾もないままにあんなリスクのある行為はしない……と思いたい。


 そして生徒会以上にそんな権力を持つ後ろ盾と言えば、この学園においては学園側の人間しかいない。つまりは、教師だ。


「――――――恥ずかしくねえのか、テメェはよぉ!」


 蓮は鬼河原の砕けた顔面を、壁に叩きつけた。

 顔面は血まみれで、もう原型など分からない。だがあくまでも感覚で、ギリギリで後遺症も残らない程度の手加減はしていた。


 とにかく、ムカついて仕方なかった。仮にも生徒を導く存在たる教師が、こんな外道なことを、しかも自身の復讐のためにしでかすなんて。


 S4の謝罪に対し、彼女は「どうでもいい」などと言っていたが、本当は怒り狂いたかったし、泣きたかったはずだ。なんだったら、殺したくて殺したくてたまらなかったろう。だが、「どうでもいい」だ。そんなことをしたところで、何にもならない。彼女の純潔は戻ってこないし、汚い体液まみれにされた事実は覆りはしないのだ。


 部屋を出る直前、彼女が一筋の涙を流していたのを、蓮は見逃せない。


 だからこそ、自分の手を一切汚さずにのうのうと病院のベッドで寝ている鬼河原に対し、激しい怒りを覚えたのだ。


「……来い。地獄見せてやる」

「う、あう……」


 もう喋ることもできない鬼河原を、蓮は病室から引きずり出そうとする。


 そんな蓮の顔の横の壁が、パァン! という破裂音とともに抉れた。じろり、と振り返れば、宮本が指を向けている。青ざめ、今にも泣きそうで、鬼河原の血がこびりついた顔で。


「せ、先生を、放して……! じゃないと、頭を撃つわよ!」


 彼女のESPは「空気砲」。空気を圧縮して飛ばす、ただそれだけの異能だが、使い方次第で天然のピストルとなる。その気になれば、人を殺すこともできるESPだ。


 それを、彼女は蓮に向けていた。愛する人を助けるために、精いっぱいの殺意を放って。


 それを、蓮はじっと見る。


「……撃ちたきゃ撃て」

「この距離なら、頭を確実に撃ち抜くわよ」

「好きにしろ」

「バカにしないでよ! ほ、本気で撃つわよ!?」

「だから好きにしろよ。俺に脅しなんざ聞かねえことくらい、わかってるだろうが」


 そう言って、蓮は鬼河原を引きずり、病室から出ていこうとする。そこには、何のためらいもない。

 だが宮本は、なかなか空気弾を撃てずにいた。そして、とうとう蓮は、病室の外へと足を踏み出そうとする。鬼河原先生を、引きずったまま――――――。


「――――――うあああああああああああああああああああああああああっ!」


 叫びとともに、宮本は空気砲を放った。狙いは寸分たがわず、蓮の左側頭部。命中した弾は、本来なら蓮の頭を貫き、血と脳漿をまき散らすはずである。


 だが。


「……ふんっ!」


 左側頭部に命中したと同時、蓮は首を右に逸らす。

 それと同時に、命中した弾は弾道が変わり、蓮の目の前を通過して、反対側の窓に穴を空けた。


「……え……」


 目の前で起こったことに、宮本はへたり、と座り込む。どういうわけか、空気砲を撃ったはずの彼女のスカートが湿ってしまっていた。


「……あー、確かに。これなら人も殺せるな」


 首をゴキゴキと鳴らして、蓮は言う。


「良かったな。俺でしといてよ」


 蓮はそう言って、鬼河原を連れたまま病室を出てしまった。宮本は追おうとしても、腰が抜けてしまって、立つことができない。


(……初めて、人を撃った……)


 彼女は、ESPを人に向かって放ったことがなかった。それは当然で、あくまでも普通の女子高生なのだ。人殺しの道具を持っているからとはいえ、そんな簡単にそれを使うのは、また別の話である。


 人を殺すことは、怖いことだ。特に、尋常ならざる異能力を持っているならば、それはなおさらの事。本来この彩湖さいこ学園は、そういう力を使いこなせるようになるために通う学校である。


 だが、今。宮本は、完全に、蓮を殺すつもりだった。普通に社会で生きたいがために入った彩湖学園で、彼女は本気で人を殺そうとしたのだ。、蓮が相手だったから、死人は出なかっただけ。


 殺意と行動の事実は、一介の女子高生にはひどく重いものである。指先から空気砲を放った感触が、宮本にはひどく不快に感じた。


「……おえええええっ……!!」


 彼女は嘔吐し、その場からしばらく動くこともできなかった。

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