16-ⅩⅩⅧ ~裏切り者~

 れんが病室のドアを開けると、そこには一組の男女がいた。ベッドに寝ている、患者と思われるのは男の方。その男のそばには、女。それも、女子生徒が立っている。


 そのいずれも、蓮は見たことのある顔だった。蓮はまず、女の方に声をかける。


「――――――よう、宮本」

「……紅羽くん? どうして……」

「悪いな、邪魔して。色々とな」


 目の前の男女のセットは、普通に考えれば到底あり得ない。宮本が一緒にいる男は、そういう男だ。


「……あ、紅羽あかば……!」

「残念だったな? 俺を嵌めたかったんだろうが、失敗しちまってよ。あ? ……鬼河原おにがわら先生よぉ」


 ベッドに寝そべっている男は、1―Gの担任であり、生徒指導の教師である、鬼河原だった。蓮のじろりとした視線から、強面の鬼河原は思わず目を逸らす。


「……何の、ことだ」

「そもそもおかしい話なんだよ。革命を潰すだけなら、わざわざ俺を狙う必要なんざねえ。代表のゼロを狙って陥れりゃ、それで良かったんだ」


 だが、狙われたのは、蓮だった。


「どう考えたって割に合わねえ。なのに俺を狙ったのは、そういうことだろ」


 つまりは、復讐だ。蓮に、ワンパンで叩きのめされた、鬼河原本人の。革命の阻止というのは、そのカモフラージュである。

 そして、病床から動けない鬼河原に代わり、事件を引き起こしたのは――――――。


「……お前ってわけだな。もう、言い逃れできねえな、こりゃ」


 教師と生徒が病室で逢引き。もう、言えることは一つしかない。


 宮本と鬼河原は、愛人関係だったのだ。彼女はキッと、蓮を睨みつける。


「……貴方が、よくも、先生を……!」


 それは今まで地味な彼女の見せたことがない、迫真の形相だった。


******


「紅羽蓮を、革命から引きずり下ろす策があります」


 彩湖さいこ学園の生徒会室にやってきた宮本は、開口一番にそう告げた。それを聞いた生徒会の役員たちは、ピクリと身体を震わせる。3―Gクラスを倒した時点で、蓮は革命における最も危険な人物であり、自分たちの地位を脅かす敵であると、そう判断したのだ。


「……それは、興味を示すところですが」

「解せませんね。貴方も1―Gでしょう? どうして、そんなことを?」


 生徒会の書記と会計の問いかけに、宮本はまっすぐな目で答える。


「彼が邪魔だからです。そもそも彼が革命に参加しなければ、こんな事態にはなっていません。おかげでこちらはろくに授業も受けられていないんですよ」


 革命の準備やらクラス設備の変更やらで、学園のカリキュラムは大幅に遅れていた。まあ、カリキュラムと言っても、ESPを伸ばすための訓練なので、実害が歩かないかと言われれば、正直なところ、あまりない。方便であることは、誰にも明らかだった。


「いかがでしょうか? 生徒会長」


 宮本の問いかけに、生徒会長の湯木渡ゆきわたりミチルはふむ、と一考した。どんな生徒の、どんな意見であったとしても、必ず考える余地を与えるのは、彼女の生徒会長としての矜持である。


 そして彼女の思考は、ものの10秒程度でまとまった。


「……ありがたい申し出なのかもしれないが、却下だ」

「……っ!? 何でですか!?」


 ミチルの答えに、宮本は明らかに動揺する。だが、ミチルは至極冷静に、宮本を見据えた。


「君のやり方をもってすれば、確かに勝てるのかもしれない。だが、引きずり下ろすという時点で、あまり感心しないな?」


 つまりは、卑怯な手。学園生徒の代表である生徒会長として、そんな手段を取ることは、決して許されることではない。


「倒すなら、正々堂々と勝つさ。相手が誰であろうとね」

「……っ!!」


 それが、生徒会長であるミチルの答え。宮本には、取り付く島もない。ほかの生徒会役員たちも、口には出さずとも意見は同じだった。


「……失礼、しました」


 宮本は、浅い礼をして、そのまま生徒会室を出て行ってしまう。

 彼女の策が何なのか、この時ミチルたちは聞きもしていなかった。


******


「……そうか、ダメだったか」

「ごめんなさい、先生……」

「気にするな。元々、頭の固い生徒会長には、刺激の強い策だったからな」


 うなだれる宮本の頭を、鬼河原は優しく撫でる。それは普段の授業で生徒を叱責し、殴り飛ばす彼からすれば、信じられないくらいに優しい手つきだ。


「でも、先生の敵討ち、どうすれば……」

「ああ。そうだな……」


 病床の鬼河原は、腕を組んで考える。そんな彼の姿を、宮本は不安と恍惚の混じった表情で眺めていた。


 2人がこんな関係になったのは、宮本が彩湖学園に入学して、1年が経った頃だ。

 鬼河原の苛烈な叱責に、彼女はいつも泣いていた。ほかのクラスメイトも自分の事で精一杯で、彼女を見る余裕などなく。彼女はいつも、一人だった。


 そしてそんな彼女の肩に手を置いて慰めたのも、また鬼河原だった。


「俺はな、お前にだけは、期待しているんだ。あのゴミたちの中でも、お前は上に上がれる素養がある。だからこそ、お前には特別厳しく接しているんだ。わかるよな?」


 優しい話し方に宮本は、これこそが鬼河原先生の本当の姿なのだと悟った。そして、彼の厳しい指導を、愛の鞭と捉える。


 その後、鬼河原は「見込みがある」として、宮本に個別指導をするようになった。


 宮本のクラスメイトへの考え方が変わったのは、このころだ。元々頼りないとは思っていたが、鬼河原に自分が特別扱いされたことから、さらに格下としてみるようになったのだ。


 自分は特別。あんなクズどもとは違う。私は先生から、特別に優秀として見られている。だからあんな奴らとは――――――。


 そして先生との特別指導という名の逢瀬を重ねていくうちに、その事件は起こった。

 新たなるクズとして入ってきた編入生が、大好きな先生に大ケガを負わせてしまったのだ。

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