16-ⅩⅩⅥ ~悪事の代償~

「……おう。おう。じゃあな。……終わったぞ」


 蓮は安里との電話を切り終えると、くるりと向き直った。


「……仕事先の電話か。お前の仲間、本当にとんでもないんだな」

「まあな。ぶっちゃけ二ノ瀬にのせ才我さいがもアイツが来れば楽勝なんだろうが、調べもので徒歩市から出られないんだと」

「そうなんだ……」


 一緒にいたのは、伽藍洞がらんどう是魯ぜろと中村の2人。そのうち、中村はベッドの上で寝そべっている。――――――全身包帯にくるまれて。

 ゼロの受けた攻撃を肩代わりしたことで、彼へのダメージは酷いものだった。結果、彼は学園内にある病院への入院を余儀なくされることとなったのだ。当然、革命なんて参加できるはずもない。


「……本当に、ごめん。僕は……」

「何言ってんだ。体張って大将守ったんだ。MVPだろ」


 それに、中村がこの病院に入院することができたのも、他でもない革命の功績だ。今いる病院は、学園内でもクラス3以上のみが入院することのできる特別病棟である。病院の設備も最新式だ。


「――――――後の事は任せとけ。革命も、ここまで来たら最後まで付き合ってやるよ」

「紅羽くん……ありがとう」

「……ところで、お前……」


 ゼロが、訝しげに蓮の方を見やった。どうしても気になるものが、蓮の手には握られていたからだ。


 それは、4本の鎖である。病室の外に伸びた鎖は、奥に何かが繋がれているらしい。一体それが何なのかは、病室からは伺えないようになっていた。


「……何だ、それ……?」

「ん? ああ。ちょっとな。用事があってよ」

「用事で鎖って、どういうことだよ!?」

「まあまあ。じゃ、俺は行くわ」


 そう言って蓮は中村の病室を出る。病室を出る際、ビン、と鎖を引っ張っていった。


「……何だろうね、アレ……」

「さあ。……でも、多分……」

「そうだよね……」


 俺たちは知っちゃいけないものだ。


 直感で悟ったゼロと中村は、敢えて何も聞かず、病室の外を覗くこともしないようにした。


******


 今日、この病院にはいろいろと用事がある。それを全部、まとめて済まそうと思っていた。中村の見舞いは、その一つ目。


 そして、二つ目。蓮はとある患者の病室をノックすると、中に入った。


「よう」

「あ……貴方は……」

「大丈夫か?」

「はい。……おかげさまで」


 3―Fクラスの教室で、S4に暴行を受けてしまった女子生徒だ。肉体面もそうだが、主に精神的な面の傷が大きく、彼女もクラス3ゆえにこの病院に入院していた。


「悪かった。俺のせいで酷い目に遭わせちまってよ」


 蓮は彼女に対し、ぴしっと頭を下げた。そもそも革命に参加し、勝ち上がらなければ、彼女が冤罪のダシに使われることなどなかったのだ。そのことを、蓮は少なからず気にはしていたのである。


「いや、そんな……。だって、貴方はルール通りやってただけで……」

「それはそうなんだけどな。でも、ああいうバカが出ることも、なんとなくわかってはいたんだ。……わかってて、結果アンタを巻き込んじまった」


 蓮の言葉に、彼女は押し黙る。そして、目を伏せた時、蓮の手に握られている鎖に気が付いた。


「……あの、それは?」

「ああ。これが本題でな。……おら、来い」


 蓮が鎖を乱暴に引っ張ると、病室の外に待機していた、鎖につながれているものが、ぞろぞろとやってくる。その光景に、彼女は目を疑った。


 鎖につながれていたのは、4人の人間だ。蓮の持つ鎖は、彼らの首をがっちり拘束する首輪についている。それぞれ顔にはレジ袋や紙袋などがかぶせられており、目だけ見えるように穴があった。


 格好も異様。上半身は裸で、生傷をむざむざと見せつけている。履いているのはブリーフ1枚。四つん這いで歩くのが想定されているのか、膝にだけサポーターがついていた。

そして特徴的なのが、ブリーフを突き破って生えている看板だ。そこには、矢印とともに、名前が書いてあった。その名前は、学園にいる者なら誰もが知っている。


「……S、4……?」

「こいつらが、お前に言いたいことがあるんだってよ。なあ?」


 鎖を引っ張り、四つん這いになったS4らしき人物は、女子生徒をちらりと見やった。そして、その体勢のまま、彼らは頭を下げる。


「「「「――――――本当に、すいませんでした……」」」」


 袋のせいでくぐもった声だったが、間違いなくS4の声だった。四つん這いで頭を下げる姿勢、つまりは土下座だ。4人は揃って、彼女に対して土下座していた。


 実を言うとS4も、この病院に入院している患者だ。天竜ライカによってズタボロにされたコイツ等を、蓮は文字通り引っ張って来たのである。結構なケガだったのだが、そんなことを気にする義理は、蓮には全くなかった。


「……どうして、顔に袋を?」

「アンタ、コイツらの顔、見たくもねえだろ?」

「……それは、まあ」

「安心しろよ。正真正銘、本物が謝ってっから。偽物じゃないからさ」


 実を言うと、彼らのブリーフから名前付きの看板が飛び出ているのは、そういう理由もある。顔も見たくない、だが顔を隠すと本人かわからない。なのでせめて、どれが誰だかわかるように、名前の看板を用意したのだ。


 どうやって刺したかは、人間の下半身にはちょうど、看板を刺せそうながある。そこに突き刺した。看板の根本周辺のブリーフがちょっと赤みがかっているのは、そのためだ。


「……で、どうする?」

「え?」

「許すか? こいつら」


 蓮の問いかけに、女子生徒はちらりと、土下座するS4を見やった。

 あまりにも哀れな姿。イケメン集団と呼ばれた面影などどこにもない。何より、ここに来るまでに、病院をその姿でうろついていたとなれば、もう恥さらしどころの話ではないだろう。学園には、もう彼らの居場所などないはずだ。そういう意味では、必要以上の制裁は受けているのかもしれない。


 だが、それと、自分が受けた辱めは全く別の話。

 

「……どうすれば、いいんですか」

「別にどっちでもいいぞ。俺は許す気ねえからな。どっちみちコイツらは地獄に落ちる」

「……じゃあ、私も、もうどうでもいいです。二度と目の前に現れなければ……」

「そうか」


 蓮はそれだけ言うと、鎖を引っ張る。恐らく歩くたびに、穴に刺された看板から激痛が走るのだろう。S4たちは、「うううううう!」と声を漏らしていた。そしてそんなことを一切気にせずに、蓮は病室から出る。


「もしもの話だけど、慰謝料ふんだくりたかったら連絡くれ。折半するから」

「……ありがとう、でいいのかな」

「いいんじゃねえの?」


 蓮のスマホの連絡先を渡された女生徒は、そのまま窓の外を見やる。

 引きずられていく男たちの姿は、視界にも入れなかった。

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