16-ⅩⅩⅠ ~圧倒的な蹂躙~

『……実際問題、何か手はあるんです?』

「ねえ。知恵貸せ」

『だと思いましたよ。あんなカッコよく啖呵切っといて、もう』


 電話越しに、安里あさと修一しゅういちは呆れて溜息をついた。


「実際問題、どうすりゃいい。お前、またこっち来るか?」

『しませんよそんなこと。わざわざ僕が行くまでもない』


 れんは学生寮から離れて、雑木林の中を歩いている。一応、追われている身だ。一目は避けたい。


『とりあえず、犯人の目星は?』

「ついてるわけねーだろ。俺、この学校にロクに知り合いいないんだぞ」

『まあ、そうですよね。そして、容疑者は蓮さん以外の男性全員、と』

「平たく言えばそうなるな」

『で、それって明日の革命が終わる前に見つけないといけない、というわけですね?』

「そう言うことだな」

『……はぁ……』


 安里がさらに、深いため息をつく。


「なんだよ」

『いえ別に。じゃ、早速ですけど証拠取りに行きましょうか』

「証拠?」

『だってこんな事件、証拠さえあれば、超がつくほど簡単な事件ですよ』


 安里はそう言い、さらに付け加える。


『それに、蓮さん自分で言ってたじゃないですか。証拠、って』


 その意味を理解するのに、蓮は一瞬の時間を要する。

 要した後、「マジかよ……」と舌を出した。


*****


 翌日の昼。極悪強姦魔である紅羽あかばれんは未だ見つかっていない状態だが、学校のカリキュラムを遅らせるわけにはいかない。予定されていたクラス間の決闘は、滞りなく開催された。


 対決するのは、1―G対3―E。普通に考えれば、クラス1である1―Gには勝ち目はない。

 そんな1―Gの勝利の切り札が、どんな異能者も腕力で吹き飛ばしていく紅羽蓮だったわけだ。蓮が決闘開始と同時に出陣し、対戦相手をバッタバッタとなぎ倒しながら進んでいく。さながら、大相撲の電車道のように、蓮の歩いた後には数多くの異能者たちが転がっていた。


 ――――――それが、今回の決闘は、真逆である。


「進めええええええええええええっ!」

「いけえええええええっ!」


 クラス3の名だたる異能者たちが、こぞって進軍していた。彼らが本来止めるべき紅羽蓮は、決闘の参加資格をはく奪されている。

 そうなれば、1―Gなど落ちこぼれの集団。止められるわけなどないし、止まるつもりもなかった。


 元々、1―Gの生徒たちは積極的に革命に参加していたわけでもない。一部の生徒が生徒からの総意を委任し、代表することで少数でのクラス単位決闘を可能としていた。


 そして、3―Eの異能者たちは、1―Gの教室を、乱暴に開け放つ。


「おらあ、代表、出て来いやぁ!」


 開け放たれた教室には、1人の男子がいる。金髪の、やさぐれたような男子生徒である。


「……おうおう、随分と沢山で来やがったな。紅羽はいないのによ」


 伽藍洞がらんどう是魯ぜろ。1―Gの代表生徒であり、この革命の首謀者である男。彼一人に対し、敵の数は20人にも及んだ。


 それらの人数に対し、ゼロも一歩も引かない。


「はっ! これだけの人数相手に、勝てると思ってんのか!? ろくなESPもない、

落ちこぼれのくせによぉ!」

「……確かに俺は、ESPじゃお前らよりもはるかに下だわな」


 ゼロの言葉に、Eクラスの生徒たちはニヤリと笑う。


 そんな生徒たちの一人の顔面に、拳が突き刺さった。


「……ぶおっ!」


 もんどり打って倒れた生徒は、鼻血を出して気を失う。ゼロの握りしめた拳には、飛び散った鼻血がこびりついていた。


「……だがなあ、俺は地元じゃケンカの強さでそこそこ有名だったんだ。テメエらみてえにぬるま湯につかってる奴らに、舐められるわけにゃいかねえんだよ!」


 もう、2年前の話だが。あえてそのことは黙っておく。わざわざ言うこともあるまい。


「―――――――かかって、来いやああああっ!」


 ゼロは拳を構えると、猛々しく吠える。それは、Eクラスの生徒たちも少しだけたじろぐほどの迫力だった。


*****


「……始まりましたね。圧倒的な蹂躙が」


 生徒会室で決闘の様子を観戦していた生徒会の書記が、眼鏡を光らせながら言う。そこには、生徒会役員が全員そろっていた。


「あの男がいない限り、1―Gに勝ち目は万に一つもないでしょう」

「ふっ。そうだな」


 書記の言葉に、生徒会長の湯木渡ゆきわたりミチルは笑って同意した。


「……だが、圧倒的な蹂躙というのは、少し違うかもな」

「? 何かあるのですか?」

「少なくとも、私の知る限り、あのゼロという男は――――――」


 そう言い、ミチルはさらにニヤリと笑った。


「私の地元で、一番にしたたかだと言われていたよ」


*****


「おらあああああっ!」


 ゼロは集団にとびかかると、一人の顔面を執拗に殴りつける。どこから用意したのか、彼は武器を持っていた。警棒である。


「くそっ、このっ!」


 異能による攻撃を放とうするEクラスの生徒たちだったが、彼らの仲間がゼロのすぐ下にいる。火力の高い異能は使えない。


「……放せ!」


 結局異能などではなく、上からゼロにストンピングを浴びせる。あちこちを出血するのもものともせず、ゼロは他の生徒に掴みかかる。


 とにかく、接近戦。警棒を握る握力が持たなくなれば、拳で殴るだけだ。胸倉をつかんで、顔面を殴る。どんな人間でも、顔を殴れば大体は倒れるものだ。そうして、また一人の男子生徒の鼻っ柱を、頭突きで叩き折る。


「うげえええっ!」

「距離を取れ、距離を! 離れて、ESPで攻撃するんだ!」


 そうして離れようとする生徒たちに対し、ゼロは肉薄していく。


「……クソっ! 離れろ!」


 たまらずEクラスの生徒も、グーでゼロの顔面を殴った。だが、ゼロの身体は吹き飛ぶことなく、逆にその腕を掴む。


「……根性が違うんだよ、テメエらなんぞとはなぁ!」


 そのまま引き倒し、またタコ殴り。血しぶきをあげて、Eクラスの生徒は倒れた。


「落ち着け、所詮は殴りかかってくるだけだ! 紅羽と比べたら、怖くもなんともない!」


 一人にかかりすぎたゼロは、とうとうEクラスの生徒に距離を取られてしまう。


「……今だ! やれ―――――――っ!!」


 その瞬間に、ゼロへと向かって一斉に、強力な異能が放たれる。それはビームだったり氷だったり、雷だったりと様々だ。


 そしてそれらの異能が混ざり合った衝撃は、巨大な爆発を起こす。1―Gの教室は、大爆発で粉々に吹き飛んだ。


「……やったか?」

「この爆発だぞ、いくら何でも……」


 もうもうと上がる煙の中、Eクラスの生徒たちは信じられないものを見る。


 ゼロは、立っていた。しかし、無傷でだ。


 そして彼の前に、血まみれの男子生徒が立っている。


「……お、お前……!」

「ダメじゃないか。君は、僕たちの代表なんだから……! 倒れたりさせられないだろ」


 血まみれの男子生徒――――――中村は、ゼロの方を見やると、力なく笑った。

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