16-ⅩⅩ ~本当の正念場前夜~

 彩湖さいこ学園そのものが、大きく揺れていた。


 何しろ、女子にとんでもない乱暴を働いたという凶暴で極悪な生徒が、風紀委員の軟禁施設を脱走したというのだ。

 しかもその生徒は、名だたるクラス3の異能者相手に一歩も引かないどころか、圧倒して見せた。


 そんな超危険人物だ、学校そのものに封鎖命令が出た。あらゆる授業は停止され、一般の学生たちは全員、学生寮へ待機。


 そして「紅羽蓮あかばれん討伐部隊」として、クラス3のさらに上位に加え、風紀委員の中でも腕の立つ異能者たち、そして学園の上位たる教師たちだ。


 学園の敷地からは元々出られないが、封鎖はさらに厳重に。ネズミ一匹、富士山の裾野からは逃げられない。


 さらに、蓮が潜伏している可能性のある建物は、徹底的に調べられた。つまりは、1―Gの学生寮に、脱税したと言わんばかりの家宅捜索が入る。

 蓮の私物はもちろん、せっかく片づけた学生寮の家具なども全部ひっくり返されてしまう。……それでも蓮は見つからなかった。


「――――――捜索は今日いっぱいだ。明日からは、通常授業に戻る。もちろん、決闘制度もだ」


 捜索という名の散らかしをいっぱいにやってのけた風紀委員が、伽藍洞がらんどう是魯ぜろに向かって言う。ニヤリと笑うさまを見て、どうやら散らかすこと自体が目的だったようだ。


「……楽しみにしているよ。次の相手は3―Eだったね。……頑張ってくれたまえよ、せいぜい」


 そう言い、風紀委員は去っていった。

 そんな彼らをゼロは睨みつけ、他の生徒たちは大きく動揺していた。


「が、伽藍洞……本当に、大丈夫なのか?」


 不安げに言う生徒に対し、ゼロは何も答えない。


「紅羽なしで……本当に、3―Eに勝てるのか!?」


 このクラスがここまで勝ち上がってこられたのが、他でもない蓮の活躍であることは、彼らも百も承知である。――――――怖いので、直接お礼を言ったりはしないが。

 それが、現在強姦をした上に、脱走中。とてもじゃないが、革命なんぞ参加できる状態ではない。仮に戻ってきたとしても、そんな大罪人を決闘メンバーとして認められるわけもなかった。


「……やっぱり、あんな奴頼るべきじゃなかったんだよ! とんでもないクソ野郎じゃないか!」

「そうよ、おかげで寮もめちゃくちゃよ! 何で私たちがこんな目に……!」

「風紀委員に目を付けられるなら、前の方が断然ましだったよ!」


 散々な言いようである。だが、実際その通りともいえた。何しろ、蓮の仲間として、寮の生徒たちもそれなりに暴行を受けてしまったのだ。彼ら曰く、「連帯責任」らしい。


「伽藍洞! 何とか言ったらどうだよ!」

「そうよ、そうよ!」

「どうしてくれるんだよ!」


 止まらないクラスメイト達の罵声に、ゼロは何も言わない。そして、一人、寮の個室へと向かっていく。


 ゆっくり歩くゼロがやってきたのは――――――中村の部屋だった。革命の真意を話したあの日以来、彼はずっと、自室に引きこもっていた。

 ゼロは中村の部屋のドアをノックする。返事はない。


「……中村。悪かったな、お前の部屋も、荒らされたろ?」


 ゼロの言葉に対し、やはり中村からの返事はなかった。


「……明日、革命を再開する。……俺が始めたことだ。最後まで、責任もってやらなきゃな」


 中村からの返事はない。


「俺は一人で戦う。お前らは巻き込まないから、心配しないでくれ。それじゃあな」


 中村からの返事がないことを知ったうえで、ゼロは敢えて告げる。そして、そのまま彼の部屋の前から去っていった。


******


 中村は、自室のベッドで、体育座りでうずくまっていた。彼の部屋も他のクラスメイトの例にもれず、風紀委員によってひどく荒らされている。


「……アイツ、呼んでたけどよ。いいのか、返事しなくて」


 中村の隣には、もう一人の男が座っている。紅羽蓮である。


「にしても、ひでえな。アイツら、ここにいないって踏んで、わざと部屋荒らしただろ」


 脱走した蓮は、中村の部屋に匿ってもらっていた。彼の部屋は寮の1階にあるので、やっぱり床下が隠れ場所である。おまけにカーペットがあるので、目に見えないところから床下に隠れれば、風紀委員の目に見つかる道理はなかった。

 そして散々荒らされた部屋の下から、蓮は部屋の中に這い出てきたのである。


「……革命、どうすんだ。俺は参加できねえぞ」

「……終わりだろ。伽藍洞くんだけで、勝てるとは思えない……」

「まあ、そうだろうな。……というか、俺が聞きたいのはそこじゃねえよ。お前がどうすんだって言ってんだよ」


 ジロリと見やる蓮の視線を、中村は受けることはできなかった。


「……僕は……」

「ま、別に俺が決めることじゃねえ。お前はお前の思うように、好きにしたらいいだろ」

「え……」

「俺も俺の好きなようにするしな」


 蓮はそう言って、すくっと立ち上がった。


「……じゃあ、俺は行く。邪魔したな」

「ま、待って! 紅羽くんは、どうするんだ!?」


 立ち上がった蓮に対し、中村は問いかける。

 蓮は顔だけを振り向き、ぼそっと呟いた。


「――――――落とし前つけさせる。レ●プ魔なんてクソみたいな扱いしやがって」


 ……こんなこと、愛に知られたら大問題である。


 高校を卒業するまで童貞を卒業するつもりは、蓮にはさらさらなかった。

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