16-ⅩⅨ ~軟禁と脱走~

『……で、ハメちゃったんですか?』

「なわけねーだろめられたんだよ!」


 電話口から笑いをこらえているであろう安里あさとに対し、れんは怒鳴りつけた。


 その瞬間、蓮がいる部屋のドアから、ドン! と叩く音がする。


「うるさいぞ、貴様!」


 怒鳴りつけられ、蓮は舌打ちする。ボソボソと小声で、安里に話しかけた。


「……ま、正直いつかはやってくるだろうとは思ってたよ。アイツらだってバカじゃねえ」

『バカじゃないですが、人でなしではありますよね。女の子をそんな目に合わせるなんて』


 革命の本丸に乗り込んだ時、そこにいたのは敵などではなかった。いたのは、たった一人の女子生徒である。――――――いわゆる、事後の状態で。

 事後と言ってもそんなに風情のあるものではない。乱雑に剥かれた服、体の痣、周囲に散らばる大量のティッシュ……。


「……ありゃあ、どう見ても輪姦マワシだろ」

『おや。単なる暴行ではなく、複数人の犯行ですか?』

「ああ」


 その根拠は、落ちていた大量のティッシュ。単独犯の犯行でできるような量ではなかった。


「あんなの一人で全部やってたら、金玉イカれるだろ」

『それこそ異能者なのでは? る異能とか』

「そんな異能持ってたら、こんなとこ来ねえで引きこもりになるわ」


 現在、蓮は軟禁されていた。というのも、現場に出くわしたと同時、風紀委員に囲まれて拘束されてしまったのだ。


 とはいえ、異能学園は警察に蓮を突き出すわけにもいかない。表沙汰になっていない学校だからだ。

 そのため、蓮は風紀委員の詰め所の一室に閉じ込められているというわけである。


『にしても、本気出せばすぐに抜け出せるというのに、律儀なものですねえ』

「しょーがねーだろ。下手に暴れて、アイツらまでケガさせるわけにもいかねえ」


 蓮が安里と話しているのは、秘密のスマホだ。安里が清掃業者として潜入してきた際、蓮のスマホとは別にコッソリ預けたものである。蓮本人のものは、風紀委員に没収されていた。


『しかしどうするんです? 革命は』

「……俺は今、重大校則違反者として学校内活動は禁止って扱いだからな」


 警察がない学園の規律において、あらゆる犯罪は「校則違反」となる。そうなると、取り締まるのは学内のエリート異能者が取り仕切る風紀委員だ。

 ある意味生徒会よりも権限のある風紀委員は、この学校の法律、そして裁判も取り仕切っている。蓮もその取り締まられる者の一人。


 そして重大校則違反者となってしまうと、風紀委員長の許可が下りない限り、この教室に軟禁されてしまうのだ。授業も受けられず、最悪卒業もできずにずっとここで閉じ込められてしまうのだ。


「……何でも隣の部屋の奴は、10年も閉じ込められてるらしいってよ」

『何したんですか、その人』

「何でも、透明になる異能で女教師にセクハラしたんだって」


 一体10年も閉じ込められるなんて、どんなセクハラをしたのか。安里にはちょっと興味があったが、本題はそこじゃないので聞かないでおいた。


『それで、革命はどうなるんです?』

「俺がいないなら、他の奴でやるだろ」

『……それ、勝ち目あります?』

「万に一つもねえな」


 蓮は断言した。いくらここまで勝ち上がってきたと言っても、それは蓮の強さによるもの。それがなくなったら、彼らはただの落ちこぼれだ。


『では、革命はここで終了ですか。残念』

「何が残念だ。大して興味もないくせに」


 用意された簡易ベッドに寝転がると、蓮は天井を見上げる。別に脱走しようと思えばいつでもできるのだが、それを蓮はしていなかった。


「――――――気に食わねえ」

『何がです?』

「何もかもだよ」


 自分を嵌めた奴。女をハメた奴。狙いは間違いなく、革命の妨害だ。別にそれはいい。

 そのための手段が、全く持って気に食わない。


「……同じ学校の仲間をあんな目に遭わせるやつが、ロクな奴なわけがねえんだ」


 ただ脱走するだけではダメだ。犯人を踏ん捕まえて、蓮の潔白を証明させる必要がある。


「……安里、何とかなるか」

『じゃあ、蓮さん個人の依頼ってことで』


 依頼料は、蓮の給料から天引き。それで手を打つことにした。


******


 軟禁室のドアを、コンコンとノックする音がした。見張りの風紀委員が、びくりと肩を震わせる。

 そこにいるのはとんでもなく狂暴な奴だと、風紀委員の先輩から言い聞かされていた。なんでも、数多くの異能者を暴力で沈め、さらには強姦までしたという。もしドアを開けたら、頭からバリバリと食べられてしまうという。


 そんな奴のドアから、コンコンと内側から叩く音がする。


「……な、何だ?」


 風紀委員がそっと耳をドアに立てる。すると、ドアのすぐ近くに気配がした。中にいる凶悪な男なのは、間違いない。



「……よう、いるか?」


 ドアの向こうから、低い声がする。

 答えるかどうか迷ったが、風紀委員は答えた。


「……いるが。どうした?」

「お前のほかには?」

「今ここには、俺のほかに2人いる」


 これは嘘だ。脱走しようというのなら、外に人がいると思わせた方がいい。本当は、風紀委員はこの男1人だけだった。


「ふーん、あっそう」


 ドアの向こうの声は、あくまで淡々としていた。


「……あのよ、俺今から脱走するからさ、ケガしたくないなら下がっててくんねえか?」

「……何だって?」


 ドアの向こうの声に、風紀委員は大きな声を上げた。そして、持っていた端末で、緊急招集をかける。


 あっという間に、10人以上の風紀委員が、蓮のいる部屋の扉の前に集まってきた。


「……本当に出てくるのか?」

「わかんない! でも、とんでもない奴なんだろ? 可能性は高いじゃないか」


 そうして、蓮が出てくるのをじっと待つ風紀委員たち。


 だが、待てど暮らせど、蓮が出てくることはなかった。

 一体何事かと思い、風紀委員のメンバーの一人が、そっとドアを開ける。


 そこには誰もいなかった。


「……やられたっ!!」


 そこには開いた窓。鉄格子があったはずだが、それは力づくで引きちぎられていた。


「窓から逃げた! 追えっ!」


 風紀委員たちは慌てて、ドアから出ていく。開けっ放しにして。

 蓮の部屋の床板がぱかっと浮くと、そこから蓮がぬっと現れた。床板も力づくで剥がした蓮は、その中に隠れていたのだ。そうしておけば、敢えて壊しておいた窓に注意が行き、剥がされた床板には気づかない。


 そうして、蓮が窓から脱走したと思った風紀委員たちは、みんな施設の外。


「……悪いな、ホントによ」


 そんな連中を尻目に、蓮は悠々と施設から出て行った。

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