16-Ⅸ ~前日譚編・その1:やってきた依頼人~

 紅羽あかばれんによる、決闘でのF~Aクラスを一気にまとめて倒したことは、学園中に一気に広まった。それと同時に、1―Gの学生寮に、大規模な工事が入る。


「お、おおお……!」


 クラス1最高位を倒したことにより得られる設備増加。それは念願の、本当に念願と言ってもいい、学生寮への無線WiFiルーターの導入であった。


「これで、俺たちの寮でも存分にネットができる……!」

「ああ……! これで、データ制限に苦しめられることもなくなるな……!」


 Gクラスの寮には、今までネット環境がなかった。これは現代の学生において、致命的と言っても過言ではない。動画サイトを見ているだけで、1週間もあればデータ制限がかかってしまうのだ。そのため、Gクラスの生徒たちはろくに娯楽もなく、鬼人によりただただ精神を摩耗され、無気力で怠惰な底辺と化していたのだ。


「ありがとう……! お前ら、本当にありがとう……!!」

「いいって。お前らの同意もなけりゃ、この勝利はなかったんだ」


 寮の生徒たちは涙を流して、Gクラスの代表である伽藍洞がらんどう是魯ぜろに抱き着いていた。それほどまでに、ネットの開放は大きいものだった。

 さらに言えば解放されたのはそれだけではない。売店で買える商品の追加、学校設備の使用エリアの拡張、教室設備の充実……などなど、一気に利便性が増した。今まで不自由だった彼らの生活は、一変したのだ。その立役者に対し、彼らは圧倒的感謝を示していた。


「……それに、まだまだこんなもんじゃない。クラス1なんて序の口。次は、クラス2だ。――――――簡単には、行かないだろうけどな」

「お前らなら、きっと勝てる! だから、頑張ってくれよな!」

(……一緒に戦うとは言わねえのな)


 浮かれている生徒たちを見やりながら、蓮は離れたところでジュースを飲んでいた。祝勝パーティということで寮の談話室で宴会が開かれていたが、蓮はあまり楽しむことができなかった。

 というか、ゼロもそうだが、囲まれている中村と宮本も、どの面下げて「任せとけよ」なんて言っているのか。まとめて倒したのは他でもない蓮なのだが、その蓮には誰も全く近づいてこない。恐らくは怖いんだろう。


 そんな連中を尻目に、蓮は手元のファイルに視線を落とす。1―Fから、1―Aまでの、生徒の名簿と顔写真だ。決闘で勝利した際に、相手のクラスの人に頼んで用意してもらったのだ。


(……やっぱり、いねえか)


 蓮の探している人物は、この名簿のどこにもいなかった。やはりというか、なんとなくそんな気はしていたが。


 となると、上位クラスにいる、ということになるのか。


「よう、楽しんで……は、ないな? その様子だと」


 クラスメイトにもみくちゃにされていたのか、だいぶよれよれの服装になったゼロが、蓮の元へと近づいてきた。確かに、怖がられている蓮は、いい人よけになる。


「……邪魔なら、部屋に戻るよ」

「いいや、構わないさ。それに、みんなもそんなに邪険にしてるわけじゃない。……それは、か?」

「ああ。空振りだったけどな」


 ファイルを閉じると、近くにあったカバンにしまう。そして、夜風に当たりに外に出た。一緒に来たゼロは煙草を取り出し、蓮に促すが、蓮は首を横に振る。


「……吸わねえの? 不良なのに?」

「俺は健康志向なんだよ。酒も飲まねえし、煙草も吸わねえ」

「マジか」


 そういうゼロは当たり前のように煙草をくゆらせる。蓮は顔をしかめた。こいつだって未成年のはずなのに。


「……なあ、探している奴って、どんな奴なんだ?」

「あん?」

「革命で上を目指すのに、お前の力は絶対必要だ。だったら、お前の目的も共有してもらえば、俺たちだって手伝える!」


 ゼロの言うことにも一理ある。正直、蓮一人でも力づくで探せないことはないだろうが、それでは時間がかかってしまう。安里あさと修一しゅういちであればすぐに見つけるのかもしれないが、蓮は正直、探偵としてのスキルはあまりない。


 そして、その安里は、今回そんなにこの彩湖学園に来ることができなかった。理由は単純で、別の探し物をしているから。掃除業者として呼びだすことはできたものの、彼はそこまで深く探りを入れることができなかった。


 そう考えれば、たとえ素人でも、手伝ってもらえた方が、もろもろ都合がいいかもしれない。


「――――――わかった。中村と宮本も呼んでくれ。俺の部屋で話す」

「ああ。じゃあ、30分後くらいに」


 ゼロはそう言い、煙草を捨てて、寮の中へと戻っていく。

 蓮は舌打ちしながら、火のついた吸殻を踏みつぶした。


******


 蓮が彩湖さいこ学園に編入することになったすべてのきっかけは、2週間ほど前にさかのぼる。


 その日の安里探偵事務所は、いつも通り閑古鳥が鳴いていた。どうでもいいことをダラダラと話しながら、1日8時間のシフト時間を終え、時給を稼ぐ。そして、そんな蓮に対し、社員の朱部あかべが「穀潰し」と文句を言う。


「しょうがねえだろ、依頼ねえんだから。 大体、そんなこと言ったら、愛だって……!」

「愛さんは夕食の調理や洗濯、清掃など、もろもろ時給にふさわしい働きしてますよ? 本当に助かっています」

「そ、そんな……。えへへ……」

「それに比べて紅羽くんは、依頼がないときはただのウ●コ製造機だものね。この際トイレも、自宅でしてもらおうかしら。トイレットペーパーの経費削減で」


 じろりとにらむ蓮に対し、朱部は動じない。パソコンの画面のみを見やり、そして、ちらりと安里も一瞥する。


「……ま、それはうちの所長も同じね」

「あらら。こっちに飛び火しないと思ってたら、油断しましたねえ」


 安里が苦笑いを浮かべる。そんな当たり障りのない、探偵事務所の営業日に――――――。


「……あの、すみません……」

「あ、いらっしゃいませ」


 真っ先に気づいたのは、ドアに近かった愛。その声に反応して、3人が事務所入り口に顔を向ける。


 この日は珍しく、依頼人がやってきたのだ。

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