16-Ⅹ ~前日譚編・その2:存在しない弟を探せ~

「――――――二ノ瀬にのせ春奈はるなさん、ですか」

「はい……」


 応接用のソファに座る依頼人の女性に対し、安里は借りた学生証を見やっていた。


 二ノ瀬春奈、20歳。徒歩とある市にある私立大学、中蔵井なかくらい大学に通う2年生。実家暮らしであり、父母と3人家族。


 この、「3人家族」の部分が、彼女の依頼にかかわる内容だった。


「――――――を、探してほしいんです」

「弟?」


 話を聞いていた蓮たちは、そろって首を傾げる。自分で3人家族と言っていたはずなのに、「弟」とはどういうことなのか。


「……失礼ですが、ご両親の隠し子か何かで?」

「いえ、そういうわけではないんです。……その、何と言ったらいいか……」


 おどおどした様子で、春奈は指をいじる。ぱっと見の印象だが、あまり積極的にガツガツいく、というタイプではなさそうだ。


「……ついこの間、思い出したんです。私、って」

「……はい?」


 意味がさっぱり分からないが、春奈の話ではこうだ。


 数日前、彼女は高校時代から付き合っていた彼氏とエッチをした。その際、脳にバチバチと電流が走ったような感覚とともに、彼女の脳裏に少年の姿が、ふっと浮かんだらしいのだ。


「……それで、弟がいるということは思い出したんですが、お父さんもお母さんも、わからないって。私も、それ以外は、全くわからなくて……」

「……え、まさか、顔も、名前もわからないんですか!?」


 愛の問いかけに、春奈はうなずく。


「自分でも、何度も気のせいだって思いました。でも、なんだかとっても、胸が苦しくて……絶対忘れちゃいけない人の事を、忘れている気がして、たまらなく恐ろしいんです」

「なるほど。それでいっそのこと調査してみよう、と思ったわけですか」


 安里の言葉に春奈はうなずくと、彼に茶封筒を差し出した。


「20万円あります。大学に入ってから、焼き肉屋のバイトで貯めてたお金です。……これで、弟を探してもらえませんか?」


 差し出された茶封筒を安里は開くと、中身をパラパラと見検める。確かに、現金で20万円、きっちり入っていた。すべてが万札ではなく、一部千円や五千円が混ざっているところを見ると、かなりギリギリでかき集めてきたことがうかがえる。


 中身を確認すると、安里は札束を茶封筒にしまった。そしてそれを、春奈に差し出し返す。


「……え?」

「いるかどうかもわからない弟さんですからね。依頼料は、いることが確定してからでいいです」


 そう言ってにこりと笑うと、安里は自分のデスクから立ち上がった。


「皆さん、それじゃあ行きましょうか」

「行くって、どこに?」

「決まってるでしょ、春奈さんのお宅ですよ」


******


 依頼人である二ノ瀬春奈の実家は、当然というか徒歩とある市内にあった。大学からもさほど遠くない、通学には困らない立地だ。


 車で移動し、事務所から15分ほど。「二ノ瀬」の表札が飾られた、ごく一般的な一軒家であった。


「ほー、結構ご立派じゃないですか。ご両親は?」

「2人とも仕事で、今はいません」

「私たちが家に入ること、知ってるんですか?」

「いえ……弟のことも、2人は知らないので」

「……なるほどね。じゃ、お邪魔しましょうか」


 春奈が家の鍵を開け、安里たちは中へと入る。2階建ての一軒家で、まずは1階のリビングへとやってきた。


「お茶でいいですか?」

「ああ、お構いなく。それより、弟さんの手掛かりになりそうなものは――――――」

「……アルバムだろ、とりあえずは」


 蓮の言葉に、春奈は押入れから家族アルバムを持ってきた。その表紙には、幼いころの春奈の写真がでかでかとプリントされ、堂々と「HARUNA」とタイトルも貼られていた。


「どれどれ、ちょっと失礼」


 アルバムをパラパラと見やり始める安里の横に、蓮と愛もぬっと顔を出す。写真はどれも春奈の幼いころの写真ばかり。弟の写真は1枚もなかった。


「……やっぱりねえな、弟の写真」

「ですよね……。私も、何度も見直したんですけど」


 目を細める蓮に、春奈も口調を重くする。彼女もアルバムには着目したらしいが、それでも成果は得られなかったらしい。


「う――――――ん。僕にも、普通に春奈さんの写真だけに見えますけどねえ」

「……うん?」


 安里も特段、アルバムの写真に違和感を抱くことはなかった。だが、愛だけが首をひねっている。


「……どうした?」

「いや、何か、その……。というか、皆さんは気づかないんですか?」

「何がでしょう?」

「この写真なんですけど。……黒いもやというか、何かが……」


 そう言って、愛がアルバムの写真の、ほんの1枚。その端っこを指さす。


 ――――――その瞬間。


「……わぁあああああああっ!?」


 ――――――写真から、黒い火花があがり、バチバチと音が上がったのだ。

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