16-Ⅵ ~わずかに灯る革命の灯~

伽藍洞がらんどうくんも人が悪いよ。掃除業者呼んでるんだったら、そう言ってくれればいいのに」

「……あ、あくまで俺たちの力で掃除だからな。業者は―――――――ほら、ゴミの処理とか。さすがにそこまではできねえし」


 やってきた『アザト・クリーンサービス』は、ゼロが呼んだということになった。そういうことにしておいた方が、彼にとっても都合が良い。

 そして粗大ゴミを一人で片付けた従業員はもちろん、他の面々も、思い思いに寮の清掃を手伝っている。


「……油汚れを溶かすのなら、重曹を使うと良い。重曹を混ぜた水で5~10分ほど放置すると、油成分が溶ける。今回の場合は随分と放置されているから時間はかかるだろうから、この洗剤を使うが、今後は活用するといいだろう」

「なるほど……」


 クラスメイトの女子に囲まれて、掃除の方法をレクチャーしながらキッチンの汚れをガンガン落としていく男。


「うおおおおおお、すげえええ!」


 どこからか持ってきた高圧洗浄機で、排水溝のつまりを洗浄する女。

 勢いよく噴き出す油汚れに、見ていた生徒たちから歓声が上がる。


 そして、無言でひたすらに粗大ゴミをトラックに詰め込む作業員。役割分担がはっきりしている中、黒い髪の作業員と赤い髪の作業員は、タブレット片手に話をしていた。


******


「……、ですか?」

「おう。アイツが言うらしいところではな」


 清掃作業員の格好をした安里修一あさとしゅういち紅羽蓮あかばれんは、クラスメイト達から少し離れたところで話していた。1番体力が必要そうだった粗大ゴミの運搬は蓮がさっさと終わらせたので、後は掃除慣れしている葉金と掃除用具の扱いに長ける朱部、後は雑用係のボーグマンがいれば事足りるだろう。それに何より、この掃除のメインは1―Gの生徒たちだ。蓮たちがあまり積極的に出張るものでもない。


「……にしても、掃除だったら愛も連れてくれば良かったな」

「愛さんにこんなゴミ屋敷掃除させるつもりです? ひどい男ですねえ」

「うるせえ。危険な仕事よか、よっぽどマシじゃねえか」


 今回、愛は事務所に留守番している。全員出来てしまうと事務所が誰もいなくなってしまうし、何より彼女には、重大なミッションを徒歩市でこなしてもらう必要があるからだ。


「それにしてもまあ、編入初日からやらかしましたねえ」

「あんなくっだらねえ授業受けてられるかよ。こちとら普通の人間なんだぞ?」


 本来蓮に、ESPなど測定できるわけもない。それを無理やり編入にこぎつけたのは、言うまでもなく安里の力だ。本来ならまったくの0であるESPを、書類を改竄してぎりぎり0.5くらいにまで持って行った。それでも歴代最低の数値だが、もう一つの評価項目である「威力」が満点だったので、トータル50点くらいだったのだ。


「まあ、面白そうだし、協力してあげたらどうです? 革命」

「はぁ? マジかよ」

「ここに来るまでにざっと……クラス1ですか? 見てみましたけど、それらしき人物はどこにも。となると、上位クラスにいる可能性が高いですし」

「……まあ、冷静に考えてみりゃ、こんなところにいるわけねえか」


 ここまでの話で、言うまでもないことだが。


 彼らの目的は、であった。そして、その人物は異能者であり、この彩湖学園にいるという情報を突き止めたことで、蓮が探しに来たのである。蓮が来た理由はシンプル、事務所のメンバー内で1番、転校手続きが面倒臭くなかったからだ。


「ま、ここの掃除のお手伝いで、僕らも少しの間ここにいますから。何か情報らしきものを得られたら報告してくださいね?」

「……わかった」

「では。僕は伽藍洞くんと、予算のお話をしてきますね」

「あ、おい! アイツ金なんてねえからな!? 手加減しろよ!?」

「はいはい、わかってますよ」


 その後ゼロは安里から、目が飛び出るほどの額の請求書を突き付けられたそうだ。


******


「……おおー、見違えたなあ」

「あ、紅羽……くん!? どこ行ってたのさ!」


 作業服から制服に着替えて寮に戻ってきたときには、寮はだいぶ綺麗になっていた。壁もピカピカで、床にはワックスまでかかっている。水回りの清掃も完璧。しかも、排水のつまりなんかも完璧に直っているというほどだ。風通しの良いボロっちさは流石に直せなかったが、それでも初見よりは随分マシになっている。


「紅羽くんがいない間、みんなで掃除して、大変だったのよ?」

「そ、それくらいにしておこうよ。編入してきたばかりで掃除ってのも、難しいだろうしさ」


 ぷりぷりと怒る女子を、おさげ髪の女子がなだめている。大変も何も、1番の障害をどかしたのは他でもない蓮自身だ。わざわざ口にすることでもないが。


「……紅羽。みんなも、聞いてくれないか」


 すっかりきれいになって、集まりやすくなった談話スペースに、ゼロがクラスの一堂を招集する。掃除のおかげか少し血色がよくなったみんなは、意外にも全員応じて集まった。


「まずは、今日の掃除、本当にお疲れ様。明日も掃除は必要だけど、今日ほど大変じゃないと思う。俺たちだって、やればできるんだ!」

「そうだ!」

「俺たちはゴミなんかじゃない!」


 ゼロの煽りに、男子生徒たちが応じる。クラスの熱気は、徐々に高まっていた。たかが掃除だが、されど掃除。目の前の空間を自分たちで作り上げたという達成感は、彼らの自信を少なからず助長していた。


「……ああ、俺たちはゴミなんかじゃない。……それを、俺たちだけじゃない、この学園の連中にも、俺は思い知らせたい」

「……それって……?」


「決闘だ。クラス単位での決闘で、上位クラスを倒す」


 今までなら、荒唐無稽な話だった。いや、今でも十分以上に荒唐無稽である。


「上のクラスを倒せば、俺たちの寮に同じ設備を導入することができる。エアコンだって、テレビだって、何だったら1人1台のパソコンだって、勝てばもらえるんだ!」


 事実、3―Aクラスにもなると、各人の部屋はオール電化で、専用のバスルームまであるらしい。その様はさながら、高級マンションだ。


「お前ら、悔しくないか!? こんなに差があって! その差を、少しでも縮めたいとは思わないか!?」

「で、でも……それって、上位クラスと闘うってことでしょ?」

「大丈夫、勝てる! 今まで誰もできなかった、俺たちの寮の汚れを落とした! つまり、俺たちは、自分や過去のGクラスに勝ったんだよ!」


 ゼロの熱弁に、本当に少しずつだが、「そうかな……」「そうかも……」と、ぽつぽつと明かりのように、熱が移っていった。これも、今までの1―Gクラスでは、到底出来なかったろう。


「だったら、上のクラスにも勝てる! 力がだめなら、工夫だ! 勝てないなら、闘い方を考えよう! とにかく、勝負して勝てば、俺たちの勝ちなんだ! ……頼む、みんな! 俺に力を、貸してくれ!」


 ゼロがそう言って、頭を下げる。それに呼応するように、拍手が起こった。まばらではあったが、確かな拍手だ。


 ―――――結局、ゼロの熱弁によって革命に参加する意思を示したのは、2人。そして、紅羽蓮。この4人が革命の主要メンバー。


 残りのクラスメイトは、「積極的な意見もなく関わりもないが、クラスとしての意見は代表者に委任する」という、なんとも玉虫色なポジションに終わった。


 まあ、受動的クズどもから仲間と同意をもぎ取れれば、なかなかに上々の結果である。

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