16-Ⅴ ~掃除に窮する者たちへ。~

 1―Gクラスの清掃作業は、難航した。クラスの面々が一致団結し、掃除を決意した。ここまでは良い。

 だが、長年の彩湖さいこ学園の最底辺である1―G寮は、そう簡単には攻略できない代物だったのだ。


「……改めてみると、ひでえな」


 掃除の主導であるゼロも、思わずそう呟いてしまう。彩湖学園、30年の負の歴史は伊達ではない。

 いったい誰がどこから持ってきたのかわからない、誰も使っていない家具。それらを運び入れた時についたであろう、壁の無数の傷跡。埃をかぶっていて、誰も触らない家電。


 特にひどいのは、やはり水回りだった。この寮、一応湯舟があるのだが、みなシャワーしか使わない。その理由は、湯船の清掃を誰もやっていないからだ。水カビでびっしりと埋め尽くされ、本来の色はわからない。

 トイレもひどく、多少ブラシでごしごしと擦る程度ではびくともしない。どんなに磨いても、ざらざらした感触がスポンジ越しに伝わってくる。


「……くそ……くそ……っ!」


 段々と、焦燥が見え始める。果たしてこの学生寮の掃除は、代わりの教員が来る3日の間に終わるのか?


(またとない……またとないチャンスなんだ……!)


 革命の足掛かり。クラスメイトの団結に必要不可欠。落ちこぼれというレッテルからの脱却。それらすべてが、この大掃除にかかっているというのに。


「……無理だよ、こんなの……!」


 クラスメイトの一人が、ぽつりと呟いた。手に持っているゴミ袋を無造作に放り捨て、座り込んでしまう。


「お、おい! しっかりしろ! 頑張れ! できる!」

「無理だこんなの! 30年分のゴミだぞ、どうしろって言うんだよ!」

「それを何とかするんだよ! 俺たちで!」

「嫌だ! もう嫌だぁ!」


 その言葉を皮切りに、他のクラスメイトも段々と、手に持っていた掃除用具をぽとりと取り落とす。ダメだ。圧倒的なゴミや汚れの物量に、心が押し潰されそうになっている……!


「諦めちゃダメだみんな! たった3日しかないんだぞ、そうしたらもう、新しい先生が来ちまう! きっと鬼人と同じ、俺たちをなじって、逆らう心を折りに来る! そうなったらまた、無気力に生きるしかなくなっちまう! 変わるなら……!」

「……そうとは、限らないんじゃないの?」

「何……?」


 箒を持っていた女子が、ゼロに向かって言った。


「たまたま鬼人がひどかっただけで、私たちを責めるような授業を、新しい先生がするとは限らないじゃない。そりゃ、掃除はした方がいいと思うけど……。今、無理に終わらせる必要はないんじゃない?」

「何を言っているんだ!? 今やらなきゃ、掃除なんてもうできないだろ! 現に、俺たちはやってこなかったじゃないか!」

「……そうだ、何も、無理に3日で終わらせることないじゃないか。そもそも毎日コツコツ掃除すれば、いつかは終わる……」

「そんなわけない! 今やらないと、絶対にもう掃除なんてできない! このゴミの山を前に、毎日コツコツ掃除なんてできっこないんだ! 無理やりにでもやらねえと……!」

「できるさ。……伽藍洞君、君なら……!」


 ゼロはぞっとした。いつの間にか、クラスメイトに囲まれている。こいつらの魂胆はすぐにわかった。というか、ゼロ自身もこいつらと同じ思考を、今までの人生で何度思ったか知れない。


(……俺に、全部押し付けるつもりだ……!)


 言い出しっぺの法則。ゼロの言葉にあてられて多少はやる気を出したものの、すぐに現実にぶつかったクラスメイト達。そんな彼らの結論は、人柱。掃除を言いだしたゼロ自身を生贄にすること。


(こいつら……! なんてクズどもだ! 男も女も関係ねえ、こいつら……!)


 だが、言い返せない。ゼロは彼らに対し、睨みつけることしかできない。確かに掃除は自分が言いだしたこと。その自分が「ふざけんな!」と怒りを露にすれば、今度こそこのクラスメイト達のわずかばかりの求心は消え失せる。革命を目指すには、こんなクズどもでも協力は必要不可欠だった。


 そうなれば、革命など夢のまた夢。しかし、ここで生贄になることを受け入れるわけにもいかない。


(この答えを間違えれば、俺の野望は終わっちまう……!)


 歯を食いしばり、必死に頭を巡らせる。あまり時間をかけるわけにもいかない。言い出しっぺに必要なのはリーダーシップ、そしてリーダーとは瞬時に判断ができる者。


 それを示さなければ、ゼロは革命のリーダーとはなれないのだ。


 ……どうする。どうする……!


 そう思考を巡らせていたゼロの耳に、かすかに車の走る音が聞こえてきた。


「……車?」

「何で? こんなところに、車……?」

「まさか……もう、嗅ぎつかれたのか!?」


 クラスメイトがざわめきだし、寮の外へ出る。ゼロも、慌てて追従した。

 ここは富士山の裾野、外部から人が来ることはまずない。となれば、車を使うのは学校関係者くらいのものだ。そして、その学校関係者は、すべからく自分たちに有益なことはない。


(まさか……気取られたか? 革命を……!)


 たかが寮の掃除くらいで何を気取るというのか、とは思うが、そこは異能者集まる彩湖学園。今までにない不審な動きを捉え、未然に押さえ込むというのは、学校として当然のことである。


 焦りを隠しきれないままに、ゼロは外へ出た。


 ……そして。


「はーいどうも。『アザト・クリーンサービス』でーす」


 大型トラックから黒い作業着の男たちが降りてきたのを見て、ゼロたちは一斉に目を丸くした。


******


「え……え……?」

「依頼を受けてきました。『伽藍洞がらんどう是魯ぜろ』さんですね?」

「え、あ、俺ですけど……」


 作業着の男の一人が、ぴらりと紙を一枚、ゼロに差し出す。


「お手伝いしに来ました。これ、伝票にサインをお願いします」

「え……ああ」


 ゼロは言われるままにサインをすると、サインを取った者とは別の、4人の作業員が寮へと入っていった。

 そして作業員の1人が、大型の家電を軽々と持ち上げる。使われなくなったソファを担ぐと、さっさとトラックに放り込んでしまった。


 その作業員たちはゼロとすれ違う。その時、ゼロは見た。

 マスクをし、メガネをかけている作業員のかぶっている帽子から、赤い髪がはみ出しているのを。


「……お、お前……! 編入生か?」

「――――――俺たちはあくまで手伝うだけだ。指示は任せる」


 作業員は、そう小声でゼロに伝えた。


「ほかの、人たちは……?」

「知り合い。掃除得意な奴に来てもらった」


 作業員はそう言うと、重そうなゴミを片っ端から運び出す。

 一番の問題であった粗大ゴミは、ものので1時間ですべて片付いてしまった。

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