16-Ⅳ ~革命は清掃より始まる~

 1―Gの担任、鬼人こと鬼河原先生が、全治2ヵ月の重傷を負った。


 そのため、クラスの授業は中止。代わりの教員も、決まるまでには最低でも3日はかかるらしい。なので、3日は自習とされることとなった。


 そんな自習期間。教室には、誰一人としていない。


「――――――ちょっとそこのゴミ袋取って!」

「雑巾、替えある? だいぶ汚れちゃった」

「すっげえ。こんな色してたんだな、この壁」


 1-Gの生徒はみんな揃って、学生寮の掃除にいそしんでいた。

 事の発端は、自習開始時のHR。クラスの不良の伽藍洞がらんどう是魯ぜろが、「学生寮の掃除をしよう」と言い出した。当初こそ、みんなざわついていたのだが。


「鬼人がいなくなって、こんな機会またとないぞ!? 授業終わった後に、掃除しようなんて思えないだろうが! やるなら今しかないんだよ!」


 熱意ある言葉に、クラスの面々も口を一文字に結んで、じっと傾聴していた。みんな、寮は汚いと思っていたし、かといって掃除する時間も、気力もなかった。いつも鬼人に、「お前らはゴミくずだ! 汚れそのものだ!」と責められ続けていたからである。


 それらすべての悪条件が、今奇跡的にない。彼らのどん底まで落ちた精神を回復させるためには、もってこいの時間だ。


「……散々ゴミだのなんだの言われてきたけどさ、だったらせめて、俺たちのゴミくらいは片付けよう。俺たちだって、やればできるってところ、見せてやろうじゃねえか」


 ゼロの言葉に、クラスメイト達はしん、と言葉を失った。

普通の人からしたら、片付け・掃除なんて普通のことかもしれない。だが、ここにいる連中は、いうなればクズの集まり。そんな彼らが変わろうとするのならば、まずは本当に小さなところから変えていかなければならない。そうしなければ、変わったとしても長続きはしない。


「……僕、やるよ」


 一人の男子生徒が立ち上がった。眼鏡をかけた、いかにも陰キャなオタクっぽい奴だ。


「確かに僕らの異能は弱いし、学内での立場も低いけど……。でも、だからってくすぶってられない」

「……わ、わたし、も……!」


 もう一人、女子が立ち上がった。おさげ髪で同じく眼鏡の、地味な感じの女子。


「じゃないと、ここに送り出してくれたママに、申し訳立たないもん……! 胸張って、この学校で頑張ってるって、言いたい……!」


 目に涙を浮かべる彼女に浮かされてか、他の生徒たちも「俺も」「私も」「俺も!」と続々と立ち上がり始めた。そして5分もしないうちに、立っていない生徒の方が少数派となる。


「……決まりだな。言っとくが、掃除は自由参加だ。手伝ってもいいし、手伝わなくてもいい。何、別に責めたりしねえよ。俺が勝手に言い出したことだしな」


 そう言ってゼロは、教室を後にする。それに続くように、他の生徒たちも続々と出て行った。最後まで数人生徒は残っていたが、最終的に残ったのはたった一人。


「……まずは第一段階、か」


 腕を組んで壁にもたれかかっていた、編入生の紅羽蓮である。鬼人を全治2カ月に追いやったのは彼であり、ある意味今回の清掃活動の一番の立役者なのだが、彼は何一つ言わずに黙っていた。


 ゼロの革命の第一段階。それは、クラス全員の団結力を高めるために、何かみんなで目的を達成すること。

 人格否定の授業を受け続けてきた彼らには、諦め根性、負け癖が付いている。それを払しょくするためには、何かしらの成功体験が必要だ。それは周囲からの評価でも、自己評価でもなんでもいい。とにかく、何かを「やり遂げた」ことが大事となる。


 革命をするためには、まずそこからやらないと、誰も着いてきてはくれないだろう。「無理に決まっている」と諦めてしまう者がいては、クラス単位での決闘など到底無理だ。そもそもクラス単位での決闘は、クラスの過半数の同意が必要となる。

 今までは無理やりにでも同意を得て実行を企てていたゼロだったが、蓮に諭されて方法を変えた。どうせやるなら、みんな一丸となった方が成功率は高いに決まっている。


 そのための第一歩。上位クラスの前に、まずは己との戦いに打ち克つ。そのための学生寮の掃除だ。


 蓮は革命とやらに付き合うつもりはない。だが、あの非常に汚い寮がマシになるのであれば、それは彼にとってもメリットだ。潜入捜査において、寝床が汚いのは精神的につらい。


 それを掃除してくれるのならば、後押ししない手はない。

蓮はスマホを取り出すと、おもむろに電話を掛けた。


「もしもし? 俺。悪いんだけど、掃除用具持ってきてくれるか」


 電話を掛ける蓮の目には、いたずら小僧のような邪気が浮かんでいた。

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