16-Ⅲ ~異能学園の落伍者たち~

 授業時間が終わると、生徒たちは疲れ切った様子で寮へと帰ってくる。その様子を、蓮は自室の窓から見ていた。


(……どいつもこいつも、死んだような顔してんな)


 クラス「1―G」。この学園における最底辺の奴らということで、なんだか親近感を感じる。

 だが、綴編高校の最底辺の連中と、この学校の最底辺の連中は、やはり違うところも多い。まず、共学なので男女入り混じっている。ちなみに、寮は当然男女別々だ。


 そしてどいつもこいつも、虚ろな目をしている。揃いも揃って猫背で姿勢も悪く、口数も少ない。

 寮に入ってくると、のたのたと自室へと入っていった。そして、外に出ることもない。食事の時間まで、眠っているのだろう。


 このあたりが綴編の不良どもとの大きな違いだ。あいつらは確かにバカで落ちこぼれだが、一緒にいると色々な意味で、少なくとも退屈はしない。


(……どんな授業受けてるんだこいつらは?)


 夕方過ぎ、食事の時間となると、ベルが鳴る。この時間に寮の共用スペースにある食堂に行けば、夕食となるわけだ。蓮も当然、部屋から出て夕食を食べに行く。


「……何だこりゃ……」


 出されたメニューは、冷や飯と冷えた鮭の切り身。いずれもずいぶん時間が経っているのかパサパサだ。汁物なんてものはなく、コップ一杯の水。とてもじゃないが、食べ盛りには足りないだろう。そりゃ、こんな食事じゃ寮生も元気なんて出ないはずだ。


「お代わりとかねえの?」


 食堂にいるおばちゃんに聞いてみるが、彼女は無言で答えない。こちらと会話するつもりはない、というのがひしひしと伝わってきた。


「……何だよ、愛想悪いな」

「ひでえもんだろ?」


 蓮が早々に食べ終わってぼんやり眺めていると、ゼロが隣に座ってきた。ぱっと見不良が2人も揃っていると、他の寮生も近寄ってこない。


「これが俺たち1―Gさ。総勢40名、このゴミ溜めの中で3年間暮らしてる」

「ゴミ溜め、ねえ」

「こんな現状を変えるために、革命が必要なんだよ」


 革命。またその単語か。なんとも物騒な単語だが、ゼロはその意味を、聞いてもいないのに蓮に語り始めた。


「……この学園でクラスを上げるには、2つ方法がある。1つ目は、半年に1回のESPテストで基準値を超えること。そしてもう1つが……上位クラスの相手と決闘してクラスを入れ替えることだ」


 決闘は毎日のように行われており、そうすることで優秀な学生はどんどんクラスを上げていく。それが、この学園の通例だという。

 そして、そういった決闘でも勝てず、どん底の底まで落ち切った者たち。それが、1―Gの生徒たちというわけだ。


 異能として周囲から排斥され、さらに学園内でも居所などなく。ただただ無為に時間を過ごすだけの、悲しい存在。

 ほかのクラスの生徒からは「あそこまでは落ちたくない」とバカにされ、見向きすらされないのだ。


「……1―Gの授業は、大半が思想教育だ。もっとやる気出せ、必死になれ、俺たちはクズだ、社会のゴミだ……って具合にな」

「へえ」

「それをやってたのが鬼人。お前が朝にぶっ飛ばした奴だよ。あの時、正直スカッとしたぜ?」

「へえ」


 ゼロの言葉を聞いて、蓮は生徒たちの無気力の原因が、なんとなくわかった気がした。そりゃ、こんな環境だったら心身ともに擦り切れる。


「……だから、を起こす。決闘は、人数制限がないんだ。それこそ、クラス単位での決闘もできる。それに勝てば、俺たちは晴れて上位クラスになれる! こんなボロで汚れた環境とも、オサラバできるってわけだ!」


 なんでも、他のクラスの寮は清掃業者が入っているらしい。1―Gだけが、本当に最低限の食事くらいしか面倒を見てもらえていないわけだ。


 だから、革命。環境を変えるためには、勝ち取るしかない。――――――というのが、ゼロの主張だった。


「……とはいえ、決闘で勝つのは簡単じゃない。ましてやクラス単位での決闘となったら、戦力になる奴がいくらいても足りないからな。だから……」

「ケンカ慣れしてる俺が、戦力に欲しいってか?」

「そう! 話が分かるじゃないか」


 ゼロは目を輝かせるが、蓮は逆にげんなりしてしまった。そんなことをしている時間はないというのに。


「なあ、頼むよ! 何だったら、俺も手伝ってやるから! お前が、何かの理由でこの学校に来たことはわかってる」

「いらねえよ、お前の助けなんぞ」

「そこを何とか……!」

「……大体、革命なんて、俺とお前だけでできると思ってんのか?」


 ジロリと、蓮はゼロを睨んだ。正直その革命とやら、蓮は自分一人いれば可能だとは思う。だが、それはあくまで蓮視点での話だ。


「そ、それは……」

「だったら最初に口説くのは俺じゃねえだろ」


 クラス単位で革命をするんだったら、必要なのはクラスの総意だ。同じクラスの奴を信頼もしないで、革命なんぞ馬鹿らしいにもほどがある。


 そして、馬鹿らしいと言えば、この学生寮の環境もそうだ。


「――――――それと、もう一つ。環境を変えたいって言ってたな」

「え? あ、ああ」

「だったら、やるべきことは決闘なんかじゃねえ」


 蓮は食堂に置いてあったあるものを、ゼロへと放り投げた。


「……え? これは?」


 ゼロが手に取ったのは、雑巾だ。そして、蓮はバケツを、ゼロに向かって突き出す。


「……革命するんだったら、自分らのくらい片付けてからにしろ」


 何もかも人任せな精神で、革命なんぞできるわけもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る