16-Ⅱ ~革命児・伽藍洞是魯~

「ま、待ってくれよ、編入生!」


 ずかずかと歩く蓮の後ろを、金髪の男が歩いている。だらしなく着こなした制服を見る限り、いわゆる不良という奴だろう。

 そもそも蓮は、この男に見覚えがあった。編入したクラスの顔合わせの時に、教室にいた男だ。


「……うるせえなあ、着いてくるなよ」

「着いてくるなって……どこ行くんだ?」

「お前には関係ねぇだろ」


 本当は依頼の件で学校中をうろうろしたかったが、人が付いているとそういうわけにもいかない。仕方なく、蓮は用意された学生寮に向かった。


「1―G」と看板の貼られた、ボロい建物。中に入っても冷たい隙間風が入り込み、建物内に1月の冷えた空気が充満している。

 汚れた床に、はがれた壁紙。通り過ぎたキッチンやトイレの設備は埃に覆われ、特にキッチンのシンクは水汚れに加えて、油汚れもひどい。


 それら共用設備を全部無視すると、蓮と不良はあてがわれた自分用の部屋に戻ってきた。


 狭い部屋である。広さはおおよそ5畳半くらい。簡易ベッドと事務机だけが置かれており、後は何もない。蓮はここに引っ越すにあたり、特に何か家具を持ってきているわけでもなかった。なので本当に、ベッドと机だけである。あと何かあると言えば、申し訳程度にコンセントが二口。


 簡易ベッドの薄いマットに腰掛けると、蓮はため息をついた。


「……ったく、ろくでもねえ学校だぜ、本当によ」

「……そう思うか?」

「おう」


 そしてその感想を抱いた原因は、目の前にいる男にもある。

 蓮がこの学校に編入した時、ざっくりとだがこの学校のルールを聞いた。それは、蓮が思っている普通の学校と、全く違うものだった。


 まずこの学校、クラスは全部で21ある。1―Gから、3―Aまで。

そして、クラスの数字は、学年ではない。これらは等級であり、数字が大きいほど等級は高い。さらに、その数字の中で細分化された等級が、A~Gのアルファベットというわけだ。


 これらの等級は生徒個々人の異能力の強さに応じて決まる。なので、3―Aの生徒となると、一般的に超能力者と言っても過言ではない。

 逆に1―Gともなれば、もはや一般人と言っても良い。異能の力などほとんどないと言っても良い彼らは、この学校における「落ちこぼれ」であった。


「……どこの学校にもいるんだな、落ちこぼれってのはよ」


 蓮が彩湖学園に編入する際には、ESPテストなるものを受けた。要するに異能の強さを測る試験で、主に「ESP値」と「威力」によって評価を受ける。

 試験方法は異能の紹介動画と学校の理事に実技で披露するというものだったのだが、蓮の能力はシンプルに「超怪力」とされていた。


 そして実技により、蓮の測定結果は、ESP値が最低ランク、威力が最高ランクという超極端な結果となった。まあ、異能力なんかではないので当然と言えば当然なのだが。


 そして配属とされたクラスが、1―G。この時点で、ESP値がこの学園で重視されていることがわかる。

 教室に入った途端、蓮は懐かしい気分になった。落ちこぼれ扱いされてすっかりやさぐれてしまった連中のギラリとした目つきが、非常に既視感あるものだったのである。


 ここで、蓮のやる気は完全に失せた。まともな勉強は受けられない上に、周りの連中も普段と大して変わらない。こんなの編入してきた意味がないではないか。


「……それで、フケたのか? 授業」

「だって、出ても意味ねえし……」


 蓮は仕方なく、目の前にいた不良生徒と話していた。自分の部屋にまで押しかけてきた奴に、無視を決めるのは通用しないだろうし。


「……で、ええと……お前、名前なんだっけ」

「ああ、ゼロだよ。伽藍洞がらんどう是魯ぜろ。ゼロでいい」


 ゼロとはまた、変わった名前だ。聞いた話だと、1―Gクラスに3年通っているらしい。


 クラスの分け方が学年ではなく等級ということは、在学期間中に時間経過でクラスが変わることはまずない。1年生だろうと3年生だろうと、1―Gは3年間1―Gだし、Aクラスの奴はずっとAクラス。


 クラスが上がる可能性があるのは、異能力が強くなった時だけ。つまりは、ESP値を上げなければならない。


「……ここだけの話だけどさ。学園ではアンタの噂で持ちきりだったんだぜ。歴代史上最低のESP値の奴が編入してくるってさ」

「歴代最低?」

「そう。ちなみに、その前の歴代最低は俺な」


 ゼロはドヤ顔でそういうが、褒められることではないだろう。少なくともこの学園では。その証拠に、ゼロの表情は悲しい笑顔だった。


「……その元歴代最低が、俺に何の用だよ」

「……鬼人を倒したその腕前。俺にはわかるよ。アンタ……慣れてるな?」


 ゼロの目が、蓮のジトっとした目に反して、きらりと光る。


「ESP云々とか、そういう問題じゃない。アンタ、闘いそのものに慣れてる。違うか?」

「……何が言いたい」

「俺はずっと、この3年間、ずっと探してたんだ。アンタみたいに、闘うことを恐れない奴を」


 そう言いながら、ゼロはニヤリと笑った。さっきまでの悲壮な笑顔とは違う、もっと邪悪な笑顔である。


「――――――革命を起こす。この異能で支配された学園に。手伝ってくれないか?」

「そうかい、他所よそあたれ」


 蓮は取り付く島もなく、ゼロを部屋からたたき出した。


 とっとと徒歩市に帰りたい現状、そんなことに付き合っている暇などないのだ。

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