16-Ⅰ ~異能学園サイコ~
私立
この学園の理事長は、チャールズ・ヴァンデラン氏。30年前に日本にやってきたアメリカ出身の男で、どこで資産を用意したのか、日本で自己流の学校法人を作ってしまったのである。
それもあってか、この学校のカリキュラムは、他の学校と比べて随分と仕組みが変わっている。
いや、そもそもこの学校は、普通の学校なんかではない。蓮が望むような、国数英社理の教育など、カリキュラムには一切入っていなかった。
この学校で学べる事。それは、「異能力」である。
昨今、異能者の数が、世界中で爆発的に増えている。それは、怪人が社会に浸透してきた影響であるという説があるが、悪の組織を体裁上日本では否定されている。
だが、政府が秘密裏に集計した情報によると、日本だけでも異能者の数は1万人を超えているらしい。総人口に比べれば微々たる数だが、それでも実数値で言えばかなりの数だ。
「――――――で、そんな異能を持った人たちを集めているのが、彩湖学園というわけですね」
安里修一は、安里探偵事務所の自分のデスクでコーヒーを飲みながら独りごちた。
「行き場のない、一般の学校生活に馴染めない少年少女の異能者に、基本的な学校生活と社会性を培わせるための特別教育機関です」
「……そんなの、公にされてるんですか?」
「まさか。表向きは存在すらしていませんよ」
安里がにこやかに笑いかけるのは、家政婦の立花愛。彼女は今、事務所の中を掃除していた。
「……そんなところを、蓮さんは普通の学校だと思ってたんですか?」
「まあ、学園って言ってますからね。蓮さん、それだけ聞いていくこと決めたんでしょう。なに、すぐに……」
安里のもとに電話がかかってきたのは、その時だ。肩を竦めて笑うと、受話器を取る。相手は当然蓮だ。
『テメエ、話が違うだろーが!』
「誰も普通の学校とは言ってませんよ」
蓮はすさまじい怒声を浴びせてくるが、安里はびくともしない。対面だったら殴られるので怖いが、電話越しならいくらでも強気になれる。というか、口喧嘩なら絶対に安里が負けることもなかった。
「大体、まともな資料もないのに「学校なら俺行くわ」って言ったの、蓮さんでしょうよ。ちょっと待ってくれたら、取り寄せできたのに」
『うぐっ……!』
「いくら綴編が劣悪な環境だって言ってもね、行く先の学校くらいはちゃんと調べてからにしましょうよ」
『うぐぐぐぐぐっぐ……!』
安里の言葉に、電話の向こうで蓮は歯ぎしりしている。碌な資料も見ずに「まあ、綴編よりはマシだろう」という軽い気持ちで即決したのは、間違いない事実だった。
「……じゃあ、手はず通りお願いしますね。こっちはこっちでやっておくんで。定期報告はちゃんとやること。いいですね?」
『わかってるよ!』
そうして乱暴に電話は切られた。安里はやれやれという顔で、受話器を置く。
「蓮さん、怒ってましたね……」
「あ、聞こえてました? スピーカーじゃなかったのに」
「ええ、とてもよく」
愛はため息をつきながら、雑巾で念入りにテーブルを拭いている。
「……でも、異能学園かあ。蓮さん、大丈夫かな?」
「何がです?」
「だって蓮さん、普通の人間ですよ? 異能者じゃないなんて、悪目立ちしちゃうんじゃ……」
「……貴方本気で言ってます?」
確かに蓮は普通の人間だが、その強さはもはや異能の域に到達している。目立つにしたって、とんでもないパワーで悪目立ちする方が、まだ話が分かる。普通の人間だからという理由で目立つことは、まずない。
「……そうですかね、やっぱり」
「そうでしょうとも」
愛はため息をつきながら、テーブルを拭く手は止めない。
本来ならば、霊能力者である自分がいけばいい、と思ったのは内緒の話。何より、恋人の蓮と一緒に行きたかったのだが、転校の手続きが大変だし、そもそもとある事情で彼女は一緒に行くことはできなかった。
そのとある事情とは、これから探偵事務所に来る人物に関連している。依頼人となるその人物のために、愛は事務所をせっせと掃除しているのだ。
「――――――そろそろ来る時間ですね。愛さん、コーヒー淹れといてください」
「わかりました」
そうして愛がコーヒーを淹れていると、事務所の扉がゆっくりと開く。
「いらっしゃい。お待ちしてましたよ」
やってきた依頼人を、安里はにこやかな笑顔で迎え入れた。
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