15-エピローグ ~木村に始まり木村に終わる~
消えていったサキュバス・アイのぬくもりを腕に感じつつ、蓮はゆっくりと立ち上がった。
「……蓮さん……」
「あん?」
振り返ると、愛がもじもじしながら立っている。
「その……お、お疲れ様……」
「別に疲れてねえよ。俺、動物と遊んだだけだし」
「そ、そう……?」
「それよりよ、この赤い空とか、大丈夫なんだろうな。安里が「そのうち元通りになる」とか言ってたけど」
「そ、そうだね……」
魔界を形成していたサキュバス・アイが消滅したことで、この魔界は消滅するだろう。
そうなれば、ここは元の人間界に戻る。倒壊したビルなどもすべて魔界化するときに天使が切り離したものなので、人的被害はない。それならば、後は安里が直せば事足りる。
「……それでよ、さっきのアイツだけど」
「……何?」
「何だろうな。仕草とかはジョンそっくりなんだけどよ」
蓮は少し考えるそぶりをして、そして、愛をじっと見た。
「……何だかどことなく、お前に似てたような気がするんだよな……?」
具体的にどこが、と言われると、蓮も困ってしまうのだが。だが、なんとなく、蓮は愛と一緒にいるときのような気分になったのだ。
そしてそんなことを言われた愛は、一瞬で顔が真っ赤になる。
「……ち、ち、ち、違うんじゃないかな……?」
「えー、そうかぁ?」
「ぜんっぜん違うよっ! 私、あんなんじゃないもんっ!!」
「お、おう……」
あまりの迫力に、蓮は思わず黙ってしまった。別にそんなんじゃなく、ただ雰囲気が何となく似てると思っただけなのだが、やけに強く否定されてしまった。
「……な、なら別にいいけどさ……」
「もう、蓮さんったら……!」
愛はプリプリと怒りながら、エイミーたちのいるところへと歩いて行ってしまう。どういうわけか、機嫌が悪いらしい。
(……何かしたか、俺?)
愛の気持ちがわからないままに、蓮も後に続いて歩き始めた。
******
「……どうした、愛。そんなにむくれて」
「むくれてないです……!」
頬を膨らませて歩く愛に、夜道が苦笑いしながら問いかけたが、愛はそれがさらにイラっと来たのか、歩幅を大きくして歩くのを速めた。
サキュバス・アイが蓮と触れ合いを始めてから、ずっとこの調子だ。やはり、分霊は本体に似る。本体の愛がこの調子なのだから、分霊の彼女が邪神とやらにまで進化するのはさもありなん、ということか。
「……ま、あいつも、これで良かったのやもしれん。望んで生まれたわけでもないが、満足できる消え方をしたのだから」
元々夜道は彼女を少し、哀れに思っていた。意図して生まれたものでもない、一番触れてほしい男は自分の存在に気づきもしない。願うものは近くにいるようで最も遠い、そんな儚い少女だった。
いくら紆余曲折があったとはいえ、それが好きな男の膝元で死ねたのだから。短い間とはいえ、良き人生だったと言えるだろう。
「……にしても、膝枕か。なかなかいい趣味してるじゃないか」
「んなっ……!」
「そう恥ずかしがるもんじゃない。お前も今度、小僧に頼んでみたらどうだ?」
「そ、そそそそそ、そんなこと……!」
「いい仲なんだから、素直に甘えればいいだろうに」
その一言が突き刺さったらしい。愛は胸を押さえて、倒れこむ――――――と、後ろの蓮に不審がられるので、あくまで心の中で膝を折った。
「……いいん、ですかね?」
「何がだ?」
「蓮さんに、甘えても……」
「俺に聞くな。本人に聞け」
夜道の言葉に、愛はちらりと蓮の方を見やった。蓮もそれに気づいたようで、「何だ?」と声をかけてくる。
「……えっと、その……」
「……あ!」
愛が何かを言い出そうとしたとき、蓮が突然声を上げた。いきなりだったので、愛はびくっと肩を震わせる。
「……リスモッフ……! 置いてきちまった!」
「へ? リス?」
「畜生、せっかくただで手に入ったと思ったのに……!」
元々そのために着いてきたのに、とんだ大損である。
「……あーあ、ま、いいか。モフモフは堪能できたしな」
「……ね、ねえ」
「あん?」
「良かったら……また取りに行こっか? 一緒に」
愛はぐっと力こぶを作る。クレーンゲームには、多少だが自信があった。
「……そうだな。そうすっか」
その後、蓮と愛でゲーセンデートし、リスモッフのぬいぐるみに1万円(5千円×2人分)を突っ込むのは、そう遠くない未来の事である。
******
「……工口3兄弟は、あの後天使から霊力を与えられて、息を吹き返したそうです。これに懲りたのか、徒歩市からは引っ越したようですが」
リンゴの皮をむきながら、多々良葉金がそう話している。それを蓮は、自習ドリルを片手に聞いていた。おなじみ、綴編高校屋上のプレハブ小屋だ。
「……あの胡散臭い3人組か。まあ、俺は実害なかったし、別にいいんだけどな」
「まあ、今回に至っては、彼らも特段悪いことはしていなかったわけですしね」
そして、工口3兄弟を助けた天使と、その上位である神たちも、サキュバス・アイが消滅したことを確かめると、空へと帰っていった。ものすごく、複雑そうな表情で。
聖教徒であるクロムとアイニは、ヨーロッパにあるという聖教会の本部に、緊急で呼びだされたそうだ。神の降臨を目の当たりにしたことが原因である。
「……で、結局何が問題だったのか、俺もよくわかってねえんだけど。何があったんだよ」
「……ノーコメントでお願いします」
「何だよ、お前もかぁ?」
今回の事件について、愛からの強い要望で、サキュバス・アイの事は一切話さない、ということに決まった。そんな彼女も、現在はテストのために猛勉強中。今回の件で、もう一緒に勉強している余裕はなくなってしまったのである。
「……ま、いいや。結局、丸く収まったんだろ」
「ええ。リンゴ、剥けましたよ」
「おう、悪いな」
剥いてカットされたリンゴを齧りながら、蓮は黙々と問題を解く。今やっているのは、倫理の問題集だった。
そして、心理学の分野の問題を解くのに集中していると、プレハブ小屋のドアをノックする音がした。そのまま返事も聞かず、入ってきたのは不良の木村である。
「木村? どうした?」
「…………う、う……」
すっかりやつれた木村の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。それだけで、蓮と葉金はもう何となく察してしまった。
「……俺、俺……! フラれましたぁ……!!」
((……やっぱり……))
そのまま木村は、さめざめと泣きだしてしまった。
なんでも、木村は先日、意を決して恋人のリリサにプロポーズをしたらしい。
そしたら。
「「貴方のことは、食料としか見れない」って……」
「「食料?」」
「それで、それで……! うわあああああああああああああ!!」
そしてそのまままた泣き出してしまった木村に対し、蓮と葉金は顔を見合わせた。
彼の彼女は、本当にサキュバスだったのだ。
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