15-ⅩⅩⅩⅩⅡ ~最大規模の構ってちゃんに目一杯の祝福を。~
サキュバス・アイは蓮へと近づくと、巨大な頭をもたげた。
一瞬面食らった蓮だったが、嬉しそうに「クルルルル」と声を上げる彼女に、そっと手を伸ばす。
(……安里の奴、本当に大丈夫だろうな)
蓮が安里に言われたのは、たった一言。
――――――彼女を構ってあげてください。
まず、「彼女」と言われたことで、初めてコイツが雌だということに、蓮は気づいた。
「クルルルルルゥ……♡」
巨大生物の下あごの先っぽあたりを軽く触ると、それだけで巨大生物は声を上げる。物凄く、喜んでいることだけはわかった。
「クルル、クルルルル!」
サキュバス・アイは頭を動かし、身をくねくねとよじらせる。それに、彼女の尻尾は、嬉しそうにぶんぶんと振り回されていた。
「……リスの尻尾なのに、犬みたいなやつだな」
それなら、と、蓮はサキュバス・アイから少し離れ、右手を差し出す。
「――――――お手」
言葉の意味を、サキュバス・アイも理解したらしい。彼女は自分の左腕を、大きく上に振り上げた。
そして、それを蓮めがけて、振り下ろす。
蓮のいたビルが粉々に砕け散り、衝撃波が巻き起こった。瓦礫をまき散らして土煙が上がる中、彼女の腕は、地に着くことなく浮いている。
言うまでもなく、蓮が手の平を受け止めていたからだ。
「クルルルルルルルルルル!」
「……あーあー、もうちょっと手加減しろよな。ほれ、お代わり!」
今度は蓮が反対側の手を差し出す。今度はサキュバス・アイも、ゆっくり右手を、蓮のかざした手に置いた。
「よしよし。いい子だ……」
「クルルルル♡ クルルルル♡」
サキュバス・アイは尻尾を振りながら、喉を鳴らした。そして、ふさふさの尻尾を蓮の目の前に差し出してくる。
蓮もそれに触ると、「お、ふわふわ」と、尻尾の毛を堪能する。その様子を、サキュバス・アイは喉を鳴らしながら、じっと見つめていた。
******
「な、何を……?」
すっかりおとなしく蓮に触られている邪神に対し、神たちは唖然としてその光景を見やっている。当の邪神と言えば、蓮におなかを向けており、蓮はその上に乗っておなかを撫でていた。
そして邪神は神のことなど全く意にも介していない。そのおかげで、踏みつぶされた時のダメージはすっかり回復できていた。
「何をしているんだ!?」
「何って、見ればお判りでしょう」
茫然としている神たちのもとに、安里が降り立つ。降り立ち方は、いつの間にか修理したボーグマンの、ジェットエディションだ。
「……お、お前は?」
「ただのしがない人間ですよ。で、あれですけど」
さすがというか、安里は神に対し、全く態度を変えない。まあ、神への信仰など、この男が持っているとは、到底思えなかった。
「そっとしておいてもらえませんか。なに、向こうも満足したら、丸く収まるでしょう」
「え!? いや、そういうわけにはいかん! あれは……」
「世界を滅ぼす邪神、ですか? あれが?」
安里がにっこり笑いながら、蓮に撫でられて「クルルルルゥ♡」と喉を鳴らしているサキュバス・アイを見やる。
「僕にはどうにも、そんな風には見えないんですがねえ」
「し、しかし……!」
「「……神よ……お聞きください……」」
祈りを捧げながら、エクソシストの2人が神の元へと近づいてきた。目の前に現れた敬虔な信徒に、神や天使たちも注目する。
「……貴方たちの聖なる戦いを邪魔するつもりはありません。ですが、あの巨大生物は、我々聖教徒の敵となるものではありません!」
「何?」
「どういうことですか?」
「あの怪物はとある人間の分霊なのです。それが暴走して、周囲の言葉や思想に染まって変貌し、あのような姿に……!」
「人間の、分霊? ……アレがか!?」
蓮に撫でまわされてゴロゴロと喉を鳴らしているサキュバス・アイの正体。それを聞いた神も天使も、驚きを隠せない。敬虔な信徒であるエクソシストの言葉が、嘘だとも思えなかった。
「……では、あれは、一体どうすればいいのだ?」
「さっきも言ったでしょう。放っておけばいいんですよ」
神の問いかけに、安里は相変わらずの、薄っぺらい笑顔で答えた。
「むしろ我々が絡むと、余計な思考が彼女に入ってさらに変化してしまいます。……それくらいなら、いっそ好きにさせた方が、早く終わる」
「終わる……?」
「……っ!! 神よ、あれを!」
異変に気付いた天使の一人が、大きな声を上げた。巨大生物が、いつの間にかいなくなっている。
厳密には、いなくなったわけではない。邪神からさらに姿を変えたのだ。
――――――なんとも愛くるしい、黒い毛並みの、大型犬くらいの動物に。
******
ずっと、こうしたかった。サキュバス・アイの心からの願望が、今、叶っていた。
元々彼女に、人間としての意志は薄かった。人間として愛されたいという気持ちなどさらさらない。ただただ、蓮に愛されたかった。それだけ。
なので、姿かたちにこだわることはない。蓮が最も愛情を注いでくれる形を知ったサキュバス・アイは、その形をとった。
「……急に縮んだと思ったら、今度はこれか。つくづくジョンに似てるなあ、お前」
蓮はそう言いながら、サキュバス・アイの顔を撫でる。彼女の顔は、蓮の膝の上にあった。膝枕のように、胡坐をかく蓮の上にすっぽり収まっていたのだ。
蓮はまるで犬を撫でるように、小さくなったサキュバス・アイの身体を優しく撫でていた。撫でているだけで気分の安らぐ、心地の良い毛並み。彼も、彼女を撫でることに、何の抵抗もない。
「クゥゥゥン……」
サキュバス・アイの目から、涙がこぼれた。本当に、こうして触れてもらえて、愛してもらえて、本当に嬉しかった。そんな気持ちから、あふれる涙だった。
「……ワ、ワゥ……」
「ん?」
ちらりと、上目遣いで、サキュバス・アイは蓮の顔を見やる。何かを求め訴えるような彼女の目に、蓮は合点がいく。求めているものは、ジョンと同じだ。
「……ねんね、ねんね。ねんねしな。いい子、いい子……」
身体を優しく撫でながら、不器用な子守唄をうたう。人前では恥ずかしいので、あんまりやらないのだが。
ジョンも拾ってきた子犬のころからこうやって寝かしつけていたため、甘えるときにこの子守唄を所望してくる。そのたびに、妹の亞里亞からは「ヘタクソ」とバカにされる。
何で子守歌のことまで知っているのか、蓮は全くわからなかったが、サキュバス・アイはサキュバス・アイとなる前から、その光景を見知っていた。自分も、こんな風に、蓮に抱かれて眠ることができたら、どれだけ幸せだろう。
そう思っていた願望が、この時とうとう叶ったのだ。もう、思い残すことはない。
「――――――クゥン……♡」
満足そうな声を上げて、サキュバス・アイの身体が薄くなっていく。まるで幽霊の成仏のように、蓮の目には見えなくなっていった。
「……あれ、お前……?」
消えゆく最中、蓮は何かに気づいたような顔をする。
だが、答えがはっきりする前に、サキュバス・アイは姿を消した。
立花愛の分霊は、力を使い果たし、完全に消滅したのだった。
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