15-ⅩⅩⅩⅨ ~主人公が救うのは女神でなく~
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!」
サキュバス・アイは地獄の底へと、一直線に落下していく。地獄へと彼女を導くのは、天使たちが変身した黄金の鎖。周囲のすべてが、彼女に「地獄に落ちろ!」と言っているようだ。
地獄への距離は概念的なもの。地獄の底への道のりは、実は落ちる相手によって長さが変わるのだ。蓮は眠っていて大して意思もなかったので一瞬だったが、サキュバス・アイは身体が大きいのもあり、とてつもなく長い時間を落ち続けていた。
――――――だが、どんなに体感時間に差があっても、落ちるという概念があることには変わらない。
さらに言えば、下へ落ちるということは、その逆。上へと昇ってくる、という概念も、間違いなく存在する。
地獄へと落ちていくサキュバス・アイに、味方は誰一人いない。彼女は、たった一人で地獄の最下層へと落下していた。
そんな彼女の元へと、近づく者がある。落ちていくサキュバス・アイに対し、非常に小さく、そして素早い。彼女の何倍もの速度で、地獄の底から飛来する者がいた。
ボーグマンと工口3兄弟を抱えて地獄の底(正確に言えば本物の邪神の腰あたり)から大ジャンプを決めた、紅羽蓮である。
******
ジャンプした時に、恐らく足場となっていた場所がグシャリ、とひしゃげた感触があった。多分だが、足場は潰れてしまっているだろう。そんな嫌な感触を覚えながら、蓮はまっすぐ、上に向かって跳ぶ。途方もない距離である、と地獄の底の悪魔は言っていたが、蓮は地上に出られない気は全くしていなかった。
「……ん?」
地獄から地上への道のりは同じ景色であり、上に上がっているのか、下に落ちているのか、分からなくなってしまいそうだ。まあ、蓮は鈍いので、あんまり気にしていなかったが。
そんな蓮の景色に、気になるものが見えてきた。キラキラと光る、鎖のようなものだ。
「何だ、これ?」
飛び上がりながらすれ違う鎖に、蓮は首を傾げる。1本だけでなく、そんな鎖は、蓮の上る先にたくさんある。
「あぶねっ。よっ」
大量の鎖は、蓮の上る道を遮るものもあった。どかそうと思えばどかせないこともないのだが、その場合は両脇に抱えるボーグマンか工口3兄弟を放さなければならない。そして、そんなわけにもいかない。結局は、身をひねって鎖を躱すしかなかった。
だが、悪いことばかりでもない。鎖が上にあるということは、ジャンプのお代わりが可能ということだ。しかもたくさんあるので、実質足場には困らないことになる。
いざというときに使おうと思いながら、蓮はぐんぐん上昇し続けていた。
そしてとうとう、蓮とサキュバス・アイは、地獄の最中で邂逅する。
もっとも、蓮の目に見えたのは、黄金の鎖が巻き付いている、バカでかい何かくらいの認識でしかなかったが。
「え、何だよアレ……!」
邪神と化したサキュバス・アイの体躯は、とてもじゃないが身をよじって回避できるような大きさではない。しかも、まだ蓮の視界には小さいが、見える限り地獄の穴をほぼ埋め尽くすくらいの大きさだ。仮に鎖に捕まってやり過ごそうとしても、あの巨体の落下に自分は巻き込まれるだろう。
腕を使えば、押し飛ばして何とかなるだろう。しかし、両手は塞がっている。足を使えば蹴り飛ばすことは可能だろうが、そうなると今度はあれを踏み台にすることになる。ということは、自分は又地獄の底へ真っ逆さまだ。
(冗談じゃねえ。あんなので、また落っこちるなんてまっぴらだぞ)
そうなると、もう、方法は一つしかない。
ぐんぐんと近づく巨大なサキュバス・アイに対し、蓮は――――――何も、しなかった。
ただ、身体をまっすぐにして、ぐんぐんと上昇するのみ。
そしてとうとう、サキュバス・アイと紅羽蓮は、地獄で衝突する。
「――――――――っ!!?」
ガクン、と、凄まじい衝撃が、サキュバス・アイの尻尾の付け根あたりに響いた。邪神化に伴い、きもちお尻が大きくなっていた彼女は、重心の都合上、臀部を一番下に落下する。そこに、蓮がぶつかったのだろう。ぶつかったのが蓮であることは、彼女は気づかなかったが。
そしてお尻が衝突したサキュバス・アイは――――――。
「グアアアアッ!?」
信じられないことに、地獄へ落ちていく自分の重力に逆らい、身体がぐんぐんと上に上がり始めた。
突然のことに、サキュバス・アイ自身も何が起こったかわからない。ただ感じるのは、尻尾の付け根あたりに何かがぶつかったことと、それに押されて落下が止まったこと。
そして落下が止まるどころか、自分が上昇していることだ。
そしてそんなことができるのは、この世界でも一人しかいない。
邪神と化したサキュバス・アイは、彼が地獄に落ちていたことは気づいていなかった。
だが、確信していた。
邪神と化した彼女の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙があふれだす。落下していくのであれば自分の上に消えていく涙だが、上昇している今は通常通り、彼女の下へと涙が落ちていった。
そして、自分の大きさよりもはるかに大きな涙の粒が地獄へと落ちていくのを見やり、蓮は首を傾げた。
(……こいつ、泣いてんのか?)
蓮がやったのは、まず巨大生物のお尻のあたりに頭からぶつかる。そして、ぶつかる瞬間に首を引っ込めて、接触した時点で、その首を再び持ち上げたのだ。わかりやすく言えば、蓮は自分の首をクッションにしたのである。
これにより、サキュバス・アイの身体を蓮が貫通することなく、そのまま上昇し続けることができる。こんなの、巨大生物の重みと、落下と上昇の衝突の勢いを受けても全く影響のない、強靭な首の筋肉を持っている蓮にしかできない芸当だ。
蓮のジャンプの勢いを受けて急に上昇を始めたサキュバス・アイを引き留めようと、黄金の鎖が光り輝き始める。力を強めて、再び地獄の底へと落とそうとしていた。
だが、できない。蓮による強力な上昇は、天使たちのいかなる力をもってしても止めることなど。
サキュバス・アイを引き留めていた鎖が、引きちぎれ始めた。バキン、バキンと悲鳴のような音を鳴らしながら、上に向かっていく力に耐え切れずに。
そして、とうとう――――――。
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
蓮にお尻を押された邪神サキュバス・アイは、地獄の門をくぐり、再び地上へと舞い戻ってきたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます