15-ⅩⅩⅩⅥ ~地獄にて目覚める赤い悪魔~

 超高速で、自由落下のままに、紅羽蓮は落ちていく。地上から、一体どれくらいの深さもわからないほどの地底へと。


 日本においての地獄は無間地獄が最下層と言うが、厳密には蓮の落ちた地獄は異なる。天然の地獄ではなく、聖教徒の神によって作られたある種異空間のようなものだからだ。


 念のために言っておくと天然の地獄は地層における外殻付近にあるのだが、そんな地学的なものはこの地獄には存在しない。ただ、悪魔を閉じ込めておくための異空間であり、言ってしまえば深さにも具体的な数字はなかった。とりあえず、「とんでもなく深い」ということだけがわかれば充分である。


 そしてそんな地獄の最下層の地面へと、とうとう蓮は激突した。実数的には地球の半径以上の距離を超える高さを成人男性が落下した衝撃が、地獄の最下層にほとばしる。


「……い、い、い……」


 仰向けに寝転んでいた蓮の指が、ピクリと動く。そして、弾丸を食らおうが全く開く素振りのなかった蓮の瞼が、ゆっくりと開いた。


「……いてえ……」


 ぼんやりとして、なおかつじんじんと痛む頭を押さえながら、蓮は上体を起こした。

そして、怪訝な顔をして、周囲を見回す。そんな顔になるのも無理はない。さっきまで自分は、薄汚いビルのスタジオにいたはずなのだ。


 それが目を開けてみれば、とんでもないところにいる。まるで人間の体の内側みたいな、グロテスクな光に包まれた空間だった。そして、自分が眠っていたはずのマッサージ台も何もかも、瓦礫となって周囲に散らばっていた。


「……な、何だこれ……?」


 あまりの事態に、蓮はほかに言葉が出ない。いったい自分がどこにいるのか、何でこんなところにいるのか。全く想像もできなかった。


「……あ!」


 蓮は突然に思い出した。「リスモッフ」のぬいぐるみがない。あれがないと、今自分がパンイチになっている意味も、うさん臭い霊媒師の3人組について行った意味も何もないではないか。


「……どこ行ったんだ? アイツらも……」


 ボクサーパンツ一丁のまま、蓮は地獄の最下層をてくてくと歩き始めた。もしかしたらがれきの下に埋まっているかもしれないので、とりあえず目についた瓦礫を片っ端からどかしていく。


「あ」


 そうして瓦礫をどかしていると、ボロボロになっていた自分の服を見つけた。だいぶズタズタになっているものの、一応今のパンイチ状態よりはマシになるだろう。


服を着てきょろきょろと周りを見回していると、今度は周囲に視線を感じる。


「……あん?」


 自分を囲む視線に感じるのは、ただひたすらに悪意。それが、物凄く沢山。


「ぐへへへへへ……」

「人間だ、人間だ……!!」

「おい、あれは俺の獲物だぞ……!」


 明らかに人間でない連中が、こちらを見ていた。黒い肌に角、翼。悪魔のような尻尾……というか、どう見ても悪魔、という連中だ。そんなのが、一斉に視線を蓮に向けていた。


「……何だ、こいつらは」


 じりじりと距離を詰めてくる異形たちに対し、蓮は首を傾げた。


******


「じ・ご・くぅ?」

「は、はい。ここは、地獄の最下層です。俺たちみたいに天使やエクソシストにやられた悪魔が、押し込められるところで」


 顔面を大きく腫らした悪魔に、蓮は説明を受ける。そんな彼は、ぶっ倒れている巨大な悪魔の上に、胡坐をかいていた。

 襲い掛かってきた第一村人あくまたちをとりあえずシバき倒し、この場所の事を聞いていたのである。蓮は数えていないが、地獄に結集していた悪魔たちはざっと1万はいた。それを、残らず返り討ちにしたのであった。


「何でそんなところに俺がいるんだよ」

「知りませんよ……こっちだって、急に色々落ちてきてびっくりしてるんですから」

「落ちてきた?」


 悪魔の言葉に、蓮は上を見上げる。上には漆黒が広がり、落ちてくるべき穴は見えない。


「嘘、ついてんじゃねえだろうな」

「嘘なんてついてませんよぉ! 本当ですってば!」


 蓮は悪魔の胸倉をつかむが、泣いて喚く悪魔の言葉を聞く限り、恐らく嘘は言っていない。


「俺たちもここに落とされたし、間違いないですって。入り口が見えないぐらい高いところにあるんですよ」

「ええ……」


 上を見上げても、それらしき穴は見えないのだが。しかし、この悪魔が言う以上、そうなんだろう。


「まあ、途方もない距離ですし、上るなんて到底無理ですよ」

「だったらどうしろってんだよ。こんなところに住めってか?」

「いや、まあ……その……」


 悪魔は言葉に困った。普通の人間だったら、ここに留めて隙をついて食ってやろうと思っていたのだが、そんな気分はとうに潰えていた。

 何せ先ほどまでの光景はまさに悪魔にとっても地獄絵図。襲い来る赤い悪魔に、悪魔たちはこっぴどくボコボコにされたのだ。しかもかなり大勢で挑み、もれなく全員叩きのめしたというのに、目の前の赤い悪魔は息切れ一つ起こしていない。食おうとしたら、今度こそ殺される。そういう直感があった。ぶっちゃけ、一刻も早く目の前から消えてほしかった。


 だが、こんな深さに落ちてきた男を元の世界に戻す方法など、悪魔たちは知らない。


「……ど、どうしましょう?」

「こっちが聞いてんだよ!」

「も、もしかしたら、落ちてきたほかの瓦礫の中に、使えそうなものがあるかも……! なんか、探してみませんか?」


 悪魔が言ったことは、正直苦し紛れだった。だが、蓮もほかに案もないので、「しょうがねえか」と納得する。蓮は「リスモッフ」のぬいぐるみも探したかった。


 そして、悪魔たちと一緒に瓦礫をどかしていると。


「……あれ? 何でコイツがいるんだ?」


 瓦礫の中から蓮が引っ張り出したのは、彼にとっては全く予想外の物体。


 瓦礫に押しつぶされてほぼスクラップ状態になっていたボーグマンは、本来は安里探偵事務所にいるはずなのだ。

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