15-Ⅷ ~見えない色気より見える愛嬌~
「ぜえ、ぜえ……」
幽体離脱から戻ってきた愛は、トイレで一人息を切らしていた。あまりの状況にいてもたってもいられず、とりあえず大きい声を出すための幽体離脱。初めての試みだったが、結構体力を使うことが、今回分かった。
「う、うう……」
疲れもあり、愛はがくりとうなだれた。
――――――どうして、こんなことに。
自分そっくりの裸の女が、蓮に見えないのをいいことに好き放題するなんて。
「――――――心当たりが、ないわけでもない」
「……夜道さん!?」
いきなり天井から現れた夜道に、愛は眼を見開く。いくら幽体とは言え、乙女の入っているトイレに何の前触れもなく入ってくるのはいかがなものだろう。
「ちょっといくら何でも、デリカシーなさすぎませんか!?」
「幽体離脱なんぞして、用を足しているわけなかろうに」
そういわれればその通りでしかない。幽体離脱は蓮には見えないが、同じく幽霊である夜道にはばっちり見えるのだ。
「……ところで、心当たりというのは?」
「ふむ。あのお前と似た貌の女だが……行動に、見覚えがあってな」
「見覚え? いつですか?」
「お前が小僧を襲った日」
夜道の言葉に、愛の顔から表情が消えた。つまり、何を言いたいか。それが、はっきりわかってしまったからだ。
「……私あの日、、あんなことしてたんですか!?」
それすなわち、愛が蓮を襲った時の事である。
あの時の事は、愛自身もよく覚えてない。蓮の泣き顔を見てスイッチが入り、我を忘れてしまっていたからだ。個人的には、ちょっともったいない、とすら思っている。
「まあ、俺もちゃんと見たわけじゃないけどな。布団越しだったし」
「直に見てたらそれはそれで問題ですよ!?」
「だが、お前さんが小僧の首筋に甘噛みしているのは見えたな」
「……!」
愛は絶句してしまう。あんなことやこんなことに加えて、そんなことまでしてたのか、自分……。
「つまりあの女は、貌だけじゃなく、頭もお前に似てる、ということだな」
「私に……? でも、何でだろう?」
「そこまではわからん。俺も、ざっくりと見た所感でしかないからな」
「……そろそろ戻らないと。いつまでもトイレに籠っているわけにもいかないし」
そうして階段を上り、蓮の部屋に戻ると。
――――――蓮に向かって大股開きで、机の上に座っている女がいた。
((……何してんだろ、ホントに……?))
愛も夜道も、思わずドン引きしてしまう。
「……ん、お帰り」
「あ、うん」
蓮は愛には気づいたようだが、女の方には相変わらず気づいていないらしい。そして、女はそれがたいそう気に入らないようである。
「……座らねえの?」
「い、今座るよ。ちょっと待ってね」
愛はにこやかに言いながら、後ろ手で指に霊力を込める。もちろん、吸血鬼の真祖を跡形もなく吹き飛ばすほどの威力を出すつもりはない。
そして座る間際、目の前にある女の尻に、霊流銃を撃ち込んだ。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
机の上に座ってポーズをとっていた女は、思わず飛びのいて机からずっこける。そして、愛の事を恨めし気ににらんだ。
一方で、愛も女の方を、じろりとにらみ返す。そしてさっきまで女の尻に敷かれていた課題を手に取ると、勉強し始めた。つまりは邪魔だったのだ。
互いに目から火花を散らし、ここに同じ貌の女同士の闘いの火ぶたが切って落とされた。
女はのそりと立ち上がると、勉強している蓮の腕に絡みつく。愛よりも大きな胸が、蓮の右腕をすっぽりと包み込んだ。
それを見た愛は、ふと、蓮の手元にあるコップに視線を移す。
「……蓮さん、何飲んでるの?」
「あ?」
蓮と愛の飲み物が、違うことに気が付いたのだ。愛の飲み物は普通の麦茶なのだが、蓮の飲み物の色は赤色である。
「ああ、これか? コンビニで売っててよ、気になったから買っちまった」
「ねえ、飲んでもいい?」
「ああ、じゃあ、冷蔵庫から取ってくる――――――」
「ああ、いいよいいよ」
そういい、愛は蓮の飲み物が入っているコップを手に取り、目配せをする。何を言わんとしているのか、蓮は察したらしい。無表情に近かった顔が、急に真っ赤になった。
「なっ!? え、いや、でも……!」
「一口。一口でいいから。ね?」
「……好きにしろよ……」
蓮の承諾も得たので、愛は蓮のコップに口をつけて飲み物を飲む。どうやらアセロラ系のジュースだったらしく、さわやかな酸味とほのかな甘みが特徴だ。
そしてちらりと、顔を真っ赤にしている蓮の横を見る。
――――――女は、白い肌をさらに真っ青にして、無表情で愛を見やっていた。
「……ん。ありがと」
「…………おう」
顔を真っ赤にして、手がすっかり止まってしまった蓮に、愛は満足げにコップを返した。そして、再び勉強を始める。
それから女は蓮に何度も接触を試みようとしていたが、結局蓮が反応したのは、愛との間接キスだけであった。
******
「……じゃあ、今日は帰るね。お疲れ様」
「おう。じゃあな」
蓮の方は、なかなかに勉強が捗ったのか、満足げな顔で、紅羽家から帰る愛を見送った。
愛も手を振りつつ、彼の背後にいる女とのメンチの切り合いはやめない。
結局蓮の姿が見えなくなるまで、愛と女はにらみ合っていた。
そうして、愛の家である「お弁当のたちばな」にたどり着き、自室に入ったところで、愛の緊張感は完全に解ける。
「……はああああああああああああああ、どうしよぉ……!」
「まさか、こんなことになるとはなあ」
愛も夜道も、突然のことにどうしたらいいかわからなかった。結局、今日はちょっと彼女としての力を見せつけたうえで、いったん保留にとどめたわけだが。
「……あれ、やっぱり除霊した方がいいですよね?」
「小僧には害はないんだろうがな」
あれはおそらく悪霊の類。ならば、祓った方がよいのは自明の理。
そう、わかってはいるのだが。
「……夜道さん? どうかしたんですか?」
「いささか、あいつも哀れな奴だと思ってな」
愛が蓮と間接キスをしてから、女の態度は明らかに変わった。どんなに自分が身体を使って気をひこうとしても全くなびかなかった蓮が、あんなふうに表情を変えるさまを見せつけられて、目には涙まで浮かべていたのだから。傍観している側にとっては、そんな気持ちにもなる。
別に、愛が悪いわけではない。むしろ横やりを入れている、あの女の方が夜道の立場からすれば、「悪」という立場だろう。それはわかっているのだが。
「……はぁ……」
一方で愛も、深くため息をついていた。夜道も、彼女の気持ちは推し量れない。自分そっくりの女が蓮を誘惑していて、勉強どころではないだろう。
「……愛、まあ、その、何だ。今回ばかりは、集中できなくても仕方あるまい」
「いや、それもあるんですけど……」
愛の言葉に、夜道は首を傾げる。
「夜道さん、言ってたじゃないですか。彼女、私がやらかした時と行動が似てるって」
「ああ、言ったけど」
「……じゃあ、私も、あんなとんでもないことする可能性があったってことですか!?」
「――――――否定はできんな」
「うわあああああああああああああああ!」
(―――――――お前、そこかよ……)
悶絶して枕に突っ伏す愛に、夜道はため息をついた。
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