15-Ⅸ ~宵闇の中、ストーカーが見たものは~
「うおおおおおおおおああああああああああっ!」
「……くっ!?」
真夜中の徒歩市にて、2人の黒い影が交差する。激しい剣閃がきらめくも、音も気配も一切なく、仮に出歩いている人がいても、その光景に気づくことはないだろう。
そして、片方の影はある方向へと向かおうとし、もう片方の影は、それを食い止めようとしていた。
蟲忍流の忍である四宮詩織と、多々良葉金である。妹分である詩織の愚行を止めるため、葉金は彼女を食い止める役割を担っていた。
だが。
(……成長期め、確実に、腕を上げている……!)
二刀流の剣術に加え、霊力を交えた忍術の精度。それらの技術が、相手をするたびにめきめきと向上しているのを、攻撃を受け止める葉金は感じていた。
事実、たいしたものだ。詩織は高校生に加え、アイドルとしての仕事もあるというのに、こうして忍としての力もつけているとは。正直、元兄貴分として鼻が高くもある。
だが、それと彼女の愚行とは、全く話は別だ。これだけは、確実に止めなければならない。
「――――――今日こそ、葉金兄に勝つ! ……そして、翔君と、ゴールインするんだから!」
「っ……! そのためには、蓮殿をも越えなければならないんだぞ!」
「残念ね! お義兄さんなら、今頃ぐっすり寝てるわよ! 隣の部屋でナニしたところで気づきやしないわ!」
詩織は刀、葉金は鉤爪を交差させながら、住宅街を駆ける。詩織の速度で、葉金を撒くのは不可能だ。跳び際に、詩織は腰に付けた袋から何かを取りだす。
(――――――煙玉!)
葉金はとっさに身を引いた。煙玉を回避する有効な手段は、煙に巻かれないこと。それすなわち、煙の発生範囲から距離を取ることだ。
炸裂した煙は、周囲一帯の視界を一切遮る。しかし、屋根の上に乗って回避した葉金は、その影響を受けることはなかった。
「アイツめ、どこに――――――」
煙玉を放ち、その隙に出し抜くつもりか。だとすれば、まだまだ甘い。その思考がだ。
だが、葉金は一瞬で周囲を見渡し、気づいた。
――――――詩織がいない。
「……まさか!」
夜目の利く葉金に、中途半端な隠れ身は通用しない。住宅街の物陰に隠れているのかと思ったが、葉金はそれすらも見抜くことができる。そんな彼が、一瞬、完全に詩織を見失ったのだ。
葉金は煙玉によって発生した煙の中へと、あえて飛び込む。姿を見えなくするのなら、煙の中に入るのが一番だ。そして、煙の中へ入れば、相手も見えないが、自分も見えなくすることができる。
だが、しょせんは一時しのぎ。煙はいずれ晴れてしまうから、いつかは見えてしまうだろう。そんなことはちょっと考えればわかることだ。
なら、何を目的としているか? 簡単。ここは住宅街なのだ。
「……クソ、やられた……!!」
煙玉を放った場所。最初からそれが狙いか。葉金はこぶしを握り締め、急いでその場を離れた。向かう先は、蓮と、その家族が眠っている紅羽家である。
やがて風に流れて煙が晴れる。そこには、蓋をこじ開けられたマンホールがあった。
******
「……ふぅ、この辺か」
マンホールの蓋をこじ開けた詩織は、先ほどまで自分がいたところとは全く別の区画まで来ていた。
葉金との戦い、正面から突破は難しいと感じた詩織は、とっさに目に入ったマンホールを利用することにした。煙玉を葉金に向かって投げるふりをして、マンホールを隠し、煙が充満している間に、その中へと入りこむ。煙玉の回避方法を詩織に教えたのはほかでもない葉金。なら、当然対比して距離をとるだろうことはわかっていた。
とはいえ、一瞬出し抜いたに過ぎない。目的地は割れているのだ。葉金は見失ったとあれば、すぐにここに来るだろう。悠長にはしていられない。
詩織の視界には、ちょうど紅羽家の白い壁が見える。紅羽家の近くにマンホールがあることも、当然リサーチ済みだ。伊達に半年以上、この家に侵入を試みてはいない。
(……とはいえ、これはあんまりやりたくなかったんだよなあ)
詩織は自分の服の匂いを確かめながら、するすると屋根に上る。
彼女がこれからしようとするのは、夜這いだ。それに、下水の匂いというのは、なんともそぐわない。
詩織は相棒の蟲霊である蝶の鱗粉をまとう。多少ではあるが、匂い消しだ。香水と同じ使い方である。
この匂い消しの方法は葉金も知らない。教えてくれたのは、蟲忍衆で房中術――――――つまりは、色仕掛けを得意とする先輩の、萌音だった。
「やっぱり、女の子だもん。体臭とかにも、気を遣いたいじゃない?」
そう言って教えてくれたのを、詩織は時々実践している。使ってでも気をひきたい相手がいるからだ。
屋根を軽々と上ると、そこにあるのは3兄妹の部屋。手前から長男、次男、長女の部屋と、間取りもばっちりだ。
(……ふふ、お義兄さんはぐっすり寝てるだろうし。亞里亞ちゃんも、さすがにこの時間なら寝てるはず。だから……)
彼女が狙うは、紅羽家次男の紅羽翔。詩織とは同級生であり、よく勉強を教えてもらう仲でもある。
だが、それだけだ。その壁を詩織は、完全に間違った方向でぶち破ろうとしていた。
(……ちょっと匂いが残るかもだけど、シャワーを浴びるわけにもいかないしね。翔君、ごめんね……?)
心の中で謝りながら、詩織は翔の部屋を目指して屋根の上を進もうとする。
そして、長男である蓮の部屋を通ろうとしたとき、彼女はふと部屋を見た。
葉金が止める前は、何度も詩織を食い止めていた「最強」。本当に寝ているのか、念のため確かめようと思ったのだ。
そして、詩織がそっと窓から蓮の部屋を覗いた時。
「――――――は?」
彼女は眼を見開いて、次の瞬間、一気に顔が真っ赤になった。
******
「……ん!?」
急いで紅羽家に駆け付けた葉金が驚いたのは、先に紅羽家に向かっていたであろう詩織が戻ってきたからだった。互いに同じ家の屋根の上に、音もなく着地する。
「……詩織? なぜ戻ってきた」
「あー、その……あれだよ、あれ」
問いかける葉金に、詩織はバツが悪そうにごまかす。しばらく指をいじいじした後、言いづらそうにしていた口を開いた。
「……さすがに、悪いなと思って……」
「……そりゃ、夜這いはよくないだろ」
「そうじゃなくて! ……お義兄さん、起きてたし。お邪魔かなって」
「起きていた?」
現在は午前の3時。蓮の性格からして、この時間ならとっくに爆睡している時間帯だろう。それとも、夜更かしする用事でもあったのか。
(……少し、見てくるか)
紅羽家の様子を見ようと、足を向かわせようとした葉金であったが。
「だ、ダメだよ! 行ったら! 絶対ダメ!」
肩を掴む詩織の表情は、真剣そのものだった。
その表情から、葉金はある程度の分析をする。
「――――――何を見た、詩織」
「え?」
「お前が恋敵である蓮殿をさほど心配することはないだろう。なら、お前が見たのは、別の何かだ」
葉金の指摘に、詩織は少しもじもじしたが、答える。
「……お義兄さんの、彼女さん。部屋に、は、裸で、一緒にいたから……」
「……何?」
その言葉に、葉金は耳を疑った。
葉金は蓮の「卒業するまで手は出さねえ」宣言を聞いていたからだ。
「もー、お義兄さんったら! 見せつけて、ホント不潔!! 信じらんない!!」
(……お前にだけは言われたくないだろう)
怒る妹分に対して、葉金は胸の中で呟くだけにとどめた。
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