15-Ⅲ ~プラトニックに行きましょう。~
「……なんか私、ジョンに警戒されてません?」
「そりゃ、主人にあんなことしたら警戒されるだろ……」
蓮の部屋に着き、荷物を降ろして準備していた愛は、彼女の持ってきていた竹刀袋と会話をしていた。
決して、彼女が可哀想な女の子なのではない。竹刀袋の中にある夜刀神刀……それに憑りついている幽霊、霧崎夜道と話しているのだ。
本音を言えば、愛も今回の勉強会に夜道を連れて行きたくはなかったのだが、そういうわけにはいかない。
愛は霊能力の修行の最中。もともと高い霊力を持っていたが全く使い方を分かっておらず、夜道に使い方を習っている。そのため、肌身離さず夜道についてもらっているわけだ。
……とはいえ、それとこれとは別の話。何も、一介の女子高生の、しかも彼氏との色恋事情にまで首を突っ込む道理も、必要も、夜道に全くない。
ないのだが、夜道は愛に同行しないわけにもいかなかった。
というのも。
「お前に、またこの間みたいなことをされたらかなわんからな」
「うっ……」
この間みたいなこと。それは、新しい年を迎えた時のことだ。
その少し前のクリスマスに、蓮と愛は晴れて恋人関係となった。そして、初詣に初デートする予定だったのだが、その日に蓮は風邪をひいてしまった。
そして、お見舞いに来た愛が、風邪で気持ちも弱り、泣いてしまっている蓮を見た時。
――――――彼女は、ハジケてしまった。
そのことを知っているのは、夜道とジョンのみ。紅羽家の面々はもちろん、安里修一にも知られていない。
そして何より、蓮本人にも。
「待たせたな」
蓮がお盆に飲み物とお菓子をのせて、部屋に上がってきた。その瞬間、夜道は即座に、竹刀袋の中へと引っ込む。
蓮の部屋には、小さい机と大きな机がある。子供のころから使っていた勉強机と、みんなで囲むようにクッションが用意された机だ。今回使うのは、こちらの小さい机である。
それぞれ勉強道具を取り出すと、机に置いて勉強を始める。愛が用意したのは冬休みの課題。蓮が取り出したのは中学生用の英単語帳だった。
「お菓子、ポテチでよかったか?」
「うん」
ポテチの袋をパーティー開きにすると、机はだいぶ占領されてしまう。それでも特に文句も言わず、黙々と2人は勉強を始めた。
愛の冬休みの課題は、すでに終わっている。ただ、テストの範囲にもなるので、提出自体はない。というか、「ちゃんとやらないとテストでいい点が取れないのだからやるに決まっている」という性善説に基づいている。
愛はすでに終わった課題の問題をノートに写しながら、ちらりとすぐ側に座っている蓮を見やった。
蓮はというと、英単語帳を片手に、片っ端からノートに単語をひたすらに書くという暗記方法を行っていた。途中で頭をガシガシと掻いたり、シャープペンシルをくるくる回したりと、あんまり集中は続いていないみたいだが。
「……何か、テストとかあるの?」
「ああ、キューにな。範囲決めてもらって、テストしてもらってんだよ」
「……キューちゃんって、数学教師じゃなかったっけ?」
「どうせ授業なんてねえからな。どの教科の教師かなんて、関係ねえよ」
「……そっか」
キューにはちょくちょくとテストをしてもらっているらしい。学校教諭というか、どちらかというと家庭教師みたいだ、と蓮は言いながらも、英単語の書き取りの手は緩まなかった。
そして愛はそんな蓮の姿を見ながら、手が止まっていた。
(……やっぱり、かっこいいなぁ)
初めて会った時からそうだと思っているけれど。この紅羽蓮という男、顔面の偏差値が相当高い。目つきが悪いので、あまり積極的に近づきたいとは思わないけれど。
「……おい。手、止まってんぞ」
「えっ?」
蓮に言われて、愛は慌てて視線を逸らす。
「俺よりお前の方が失敗したらヤベーんだから、ちゃんとやらねえと……」
「そ、そうだね!」
テスト範囲の問題を書き取りながら、愛は少し前の事を思い出す。
******
それは、初詣デートの代わりに行った映画デートの時。
愛が選んだ映画の視聴も終わり、ファミレスで休憩していた時のことだ。
「……結構、遅くなっちゃったね」
「お前の見たいっつー映画が、レイトショーしかないからだろ……」
青い顔になりながら、蓮はホットコーヒーを飲んでいる。がっくりとうなだれているところを見るに、映画のダメージが相当のものだったらしい。
一方の愛は涼しい顔をして、コーヒーと一緒にアイスクリームを食べていた。
時刻は、なんと夜の22時30分。高校生2人のデートにしては時間が遅すぎだが、もっと遅くの時間に外に出ることもあるので、あまり当人たちは気にしていなかった。
「……どうしようか。ここ、結構駅からも遠いし……」
映画館もそうだが、この時間まで空いているファミレスは、なかなかに大変だった。本当はすぐにでも帰りたかったのだが、蓮のダメージがひどすぎてどうしても休憩がしたかったのだ。
「……なあ、愛」
「何?」
「……こういうことは先に言っといた方がいいと思うから、この際言うけどさ。……お互い学生のうちは、俺はお前に手は出さねえ」
アイスを食べようとする、愛の手が止まった。
一方の蓮は、ようやく回復したのか、顔色が戻ってきた。そしてその顔つきは、真剣そのものである。
「おれは不良だしな。こうして先に言っといた方が、お前も安心できるだろ。約束破ったら、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「え、蓮さん、その……」
「うし。そろそろ回復したし、帰るか。まだこの時間なら、まだ電車あるだろ」
そう言って立ち上がると、蓮はファミレスのお勘定をレジへと持って行ってしまう。その後ろ姿を、愛はぽかんと見ているしかなかった。
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