15-Ⅱ ~彼女も彼女で浮かれている。~

「ふん、ふん、ふん♪」

「……立花さん、ご機嫌っスね?」

「え、そう見える?」

「逆にご機嫌じゃなくてそれなら、かなりキモいぞお前」


 軽快なハミングを口ずさむ友人に対し、巴田ともえだ絵里えりとエイミー・クレセンタは顔をゆがめていた。

 学校が終わり、帰路についている途中だが、ずっとこんな感じだ。同じクラスのエイミーは授業中の彼女を観察していたが、ずっと同じリズムを足元で刻んでいる。


「……ずいぶんと浮ついているようだが、テスト勉強は大丈夫なんだろうな? 愛」


 立花愛たちの通う桜花院おうかいん女子高校では、冬休み明けにテストがある。それは、冬休みの宿題をちゃんとやっているかを試すテストであり、ばっちり内申点に影響するものだ。

 特に学費免除で桜花院に通っている生徒には、かなり重要と言ってもいいテストである。

 なので、仲良しグループで集まって勉強会というのが、この学校での風習となっていた。


「――――――あら、普通科の立花さんじゃない!?」


 目の前に漆黒のリムジンが止まったと思ったら、窓が開くと、そこには桜花院女子特進科のお嬢様であり、愛の幼馴染である平等院びょうどういん十華とおかが顔を出す。


「あ、十華ちゃん。今帰り?」

「皆さんはこれからそろって、歩いてご帰宅かしら!?」

「そうッスけど」

「――――――それで、これからテスト勉強するんでしょう!? あなたたち普通科は、テストの成績が学費に直結するものね!」

「お前のその厭味ったらしい言い方、どうにかならんのか」


 エイミーが苦々しい顔で言うが、十華の学校での性格はあくまで、桜花院女子の特進科として普通科と馴れ馴れしくできないからのもの。本当の彼女を知っているので、今の彼女に対してそこまで悪印象を抱くことはない。


 そしていつもの流れだと、このまま十華のリムジンに乗って、彼女の家で4人まとめて勉強会、というのが通例となっているのだが。


「……あー、十華ちゃん、ごめん。私行けないや」

「えっ?」

「……勉強会はするんだけど……私今回は、蓮さんの家で、2人でするから……ねっ?」

(((……うぜえええええええええ……!!!)))


 十華ももちろん、幼馴染である愛から「彼氏ができた」報告は受けている。初めてできた彼氏であるし、こうなることももちろん想定内。そのうえで誘ってはいるのだが、ここまでうざったくなるとは。


「じゃあ、私先帰るから。じゃあね!」


 愛は手を振ると、足早に校門へと駆けて行ってしまう。

 取り残された2人と1台は、ぽかんとしながらその背中を見送っていた。


「……2人はどうするの?」

「ぜ、ぜひお邪魔したいっス!」

「お前の家で、紅茶とスコーンが食べたい」

「勉強会だからね!?」


 エイミーのボケに十華がツッコみ、2人がリムジンへと乗り込むと、車はゆっくりと走り出した。


******


「――――――蓮さん!」

「おう」


 桜花院女子と綴編、立花愛と紅羽蓮が通う学校は最寄り駅も違うが、2人の家の最寄りは一緒だった。なので、2人の待ち合わせ場所は、家の近くの駅である。


 愛が電車から降りると、ホームのベンチで座っている蓮の姿を見つけた。赤く、とげとげした頭をしている彼は、見つけやすくていい。


「待った?」

「1つ前の電車だった。じゃ、行くか」


 そうして2人一緒に駅を出て、蓮の家に向かう。


「家の人たちは?」

は学校でバカどもに勉強教えるっつって、亞里亞は部活。母さんは友達とショッピングっていうから、夜まで帰ってこねえ」

「そ、そっかぁ」


 ということは、2人きり。まあ、そうでもなければ、蓮の家で勉強会なんて、到底できないが。

 いや、正確に言えば、完全に2人きりというわけでもない。


 紅羽家に着き、玄関のドアを開けると、パタパタと廊下をかけてくる音がする。リビングから駆けてきたのは、アラスカン・マラミュートという犬種の大型犬。


「お、ただいま、ジョン」


 ジョンは蓮に飛びつくと、尻尾を大きく振って体をぐりぐりとこすりつける。蓮もそれに嫌がる素振りも見せず、ジョンのふわふわの身体を撫でまわしていた。

 そして蓮に気持ちよく撫でられていたジョンの視界に、愛の姿が入る。その瞬間、本当に一瞬だが、ジョンがぶんぶんと振っていた尻尾が、ぴたりと止まった。


「今日、愛と部屋で勉強するからよ。おやつ食ったら、おとなしくしててくれな?」

「クゥン?」


 まじまじとジョンは蓮を見つめるが、蓮はそのままジョンを抱っこして持ち上げる。ジョンの体重も決して軽くはないのだが、そこは「最強」。軽々と運んでいく。


「愛、先に俺の部屋に行っててくれ。飲み物とか持ってくから」

「うん。じゃあね、ジョン」


 愛がそう言い、階段を上っていく。その姿を、ジョンは蓮の肩に頭をのせて、じーっと見やっていた。

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