15-Ⅰ ~……お前はバカか?(頭を指さしながら)~

「――――――俺の彼女は、サキュバスかもしれません」

「死ね」


 大真面目な顔で言い放った木村の頭を、蓮はサンダルではたき飛ばした。


「いてっ!」

「何下らねーこと言ってんだお前。そんなんだから追い回されるんだろうが」


 不良どもを散らした蓮は、屋上のプレハブ小屋へと戻ってきていた。そしてなぜか、木村もついてきている。どうやらこいつは、「彼女の事を話したくて話したくて仕方ない病」にかかっているらしい。そりゃ、モテない不良どもに追い回されるわけだ。


「サキュバス、ねえ」

「いわゆる、淫魔という奴だな」


 そんな木村の話を真面目というか、興味なさそうに聞いているのは、陶芸に集中している多々良葉金と、蓮の後輩である槍尾やりお慎太郎しんたろうだった。なんでも木村と慎太郎は、同じクラスらしい。


「……お前くらいだぞ、シンタロー。この学校で、この話を聞いて襲い掛かってこないのは」

「僕、基本的に女は嫌いだからね」


 唯一と言ってもいい、この学校で不良ではない慎太郎は、学内でも極めて異質だ。勉強もできるし、派手でもない。それでいて、これといった噂もない。


「……で? 話したくてしょうがないんでしょ? 気が済むまで聞いたげるから、話したら?」

「おう。でな、璃々沙リリサとはクラブでナンパしてた時に出会ったんだけど――――――」


 延々つらつらと話し続ける木村の、なれそめなんぞ正直どうでもよかったのだが、他に聞く音もないので、蓮が仕方なく聞いた限りだと、何でもナンパしたその日のうちに関係を持ったんだとか。


「それで璃々沙が俺の事を気に入ってくれて、付き合うことになってさあ」


 木村が16歳で、彼女の璃々沙が20歳。すでに働いているらしく、ちょくちょく家に遊びに行っているらしい。すこぶるどうでもいい。


「だから俺もバイト探さないといけないんだよなあ。男として、いつまでも奢ってもらうのはプライドが……」

「別に奢ってもらえばいいじゃん。向こうが奢るって言ってるんだったらさ」

「いや、そうは言ってもさ」

「出せる人が出せばいいんだよ、お金なんて」


 慎太郎はかなりドライに、木村の話を聞いている。だが、それが木村には気に入らなかったらしい。


「何だお前、さっきから! 俺に女にたかれっていうのか!?」

「別にそこまで言ってないよ。バイトしてお金出したいならそうすりゃいいし。でも、奢ってもらえるのにわざわざ稼ぐってのは、僕としてはもったいないなって思うだけ」

「……ただ、働くってなると、体力使うだろ? ただでさえ璃々沙に搾り取られてるのに、俺死ぬんじゃないかなって……真面目に……」

「そんなに凄いの?」

「俺、毎回気絶するんだぞ。で、気づいたら朝になってる」

「へえ。タフだねえ、その彼女さんも」

「いやもう、璃々沙も働いてるってのに、凄くてさあ……」


 木村と慎太郎の話を耳の上っ面で聞きながら、蓮はぼうっと、何も映っていないテレビ画面を眺めていた。別に、話についていけなかったわけではない。


(……サキュバス、ねえ)


 不良で学がない蓮でも、その名前くらいは知っている。というか、この学校の誰よりも、サキュバスについては見ている自信がある。


 なにせ、「空想」の「エロ」なんてものは、紅羽家には腐るほど眠っている。父親の厚一郎こういちろうが、エロ漫画の編集者なんて友達に紹介しづらい仕事をしているせいだ。


 小さいころに「開けずの間親父の部屋」に入った時にそういう本は見つけたし、やむにやまれぬ事情がある場合は、蓮と、母のみどりだけは「開けずの間」に入ることを許されている。そして暇つぶしに、積んである大量のエロ漫画に手を伸ばしたりしたこともあるのだ。


 蓮の漫画の好みがちょっとラブコメよりなのも、おそらくこれが原因である。エロ漫画の純愛ものの大半は、ラブコメや恋愛ものの延長線上だ。


 そして、「サキュバス」が出てくる漫画も、当然蓮は見たことがある。別にそれが好き、とかそういうわけではない。ただただ、「これは亞里亞いもうとには見せられねえな」という感想が浮かぶだけだ。


 そして、蓮が見たことのある「サキュバス」というのは、いずれも積極的に男を誘惑していた。木村の言う「俺の彼女がサキュバス」というのは、とにかく積極的であるということは、さすがに蓮でもわかっている。


「……どうかされたのですか、蓮殿?」

「あん? いや、別に」


 蓮の様子に気づいた葉金に問いかけられても、蓮は適当にはぐらかす。電源のついていないテレビは、蓮のぼうっとした顔をぼんやりと映していた。


(……サキュバス、か)


 木村の猛烈な彼女とのエピソードトークに、思うところがないわけではない。


 蓮だって年頃の少年だ。そして現在、彼には恋人がいる。そういう欲が少なからずある、ということは、蓮だって認める。こういうのは下手に隠す方が格好悪いと思うタイプだ。


 だが、欲があることと満たすことは、また別の話。


 蓮も彼女も、まだ高校生。そういうのはまだ早い、というのが蓮の考えだ。


(……せめて、俺が実家を出ない限りは、な)


 それまでは、清い交際でいよう。そう決めたばかりの蓮に、この木村のトークは少々、胃にもたれてしまう。


「おい木村、もうそれくらいに――――――」

「それで璃々沙が持ってきた●●●●を俺の◆◆◆に×××して、そっからはもう▲▲▲▲で■■■■でさあ。俺はもう意識が飛びそうになって、さらに璃々沙は眼をギラつかせながら――――――」

「え、怖……」


 今まで聞かないようにしていた木村の話は、なんだかおかしな方向に舵を切り始めていた。慎太郎ですらドン引きするプレイの内容であったことに、蓮はそこで初めて気づいたのである。

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